劉備はルフィか炭治郎か? 孔明はINTP確定。等…三国志でMBTI、続きの考察

今回は気楽な三国志雑談です。

以前、三国時代の史実人物を現代性格分類の「MBTI」というもので分析したことがありました。この記事について面白いコメントをいただいたので、お答えしたいと思います。

〔投稿後に追記しました。「INTPは人を見限ることが滅多にない」等、注釈〕

【話題となっている記事】

「三国志(正史)でMBTI」、参考に考えてみた

劉備はENFP(ルフィのタイプ)疑惑

こちらのご意見は面白かったから丸ごと引用します。楽しい話題のご提供、ありがとうございます。

蜀漢通信内では三国の家臣、武将についてのmbti分析のページがあります。それで僕は劉玄徳はENFPの疑惑があるのではないか、と思うんですよね。というのも・個性とクセの強い蜀漢家臣達(関羽、張飛、諸葛孔明、魏延)を己のカリスマ一つで纏め上げているというのが、少々「みんなが大事、集団の調和が大事」という傾向があるENFJよりも「個々の価値観を重んじ、各々の自由を重んじる」というENFPの方が近いかな…と思います。その他にも集団の総意というより、自らの正義感に従って動いていたり、そもそも行動の根拠が自分の感情だったり…(役人をいたぶったり、自らをしたう難民を周囲の反対もあった中伴って行ったり、関羽の敵討ちに暴走したり等等…)なんとなく僕にとって劉玄徳は「意図して極悪非道な鬼を狩る炭治郎」というよりも「己の徳を以て船員を集めやりたいようにやってたらいつのまにか正義サイドに立ち周囲に人がついてくるルフィ」に映るんですよね。

なるほど……。

確かに劉備にはルフィっぽいイメージもありますね。

特に当初の劉備は遠大な志を持っていたわけではなく、「一旗揚げて母や友に楽な生活をさせてやりたい」という身近な目標のために黄巾征伐に出たと思われます。それも地元で人気を得たので、周りから推されてリーダーの役を受けただけのことで、本人は一時的のつもりだったのではないかと思います。

「海賊王に俺はなる!」と具体的に“王”という目的を掲げたルフィのほうがまだ野心があると思う。

絶望的に野心がなく、“王”どころか“徐州牧”ですら本気で拒む人だったために、家臣一同を悩ませたのが史実の劉備でした。その人に皇帝の地位を受け入れさせた諸葛亮の苦労、少し想像していただけるでしょうか。

「劉備には野心しかなかった」との現代で流布されている“新解釈”とやらは、当然ながら中国共産党の御用学者による反転された捏造です。この共産賊たちが捏造した欲深い劉備キャラの、100分の一くらいの野心が現実にあれば家臣たちはもっと楽だったでしょうね😅

でも、そのような権力を欲しない人だからこそ皆が担ぎ上げ支えたくなったわけです。

【史実参考】

【正史実像】劉備ってどんな人?3 「徐州牧になれ」「断る」…地獄の攻防

だから

「己の徳を以て船員を集めやりたいようにやってたらいつのまにか正義サイドに立ち周囲に人がついてくるルフィ」

との読みは当たっていると思いますよ。

 

少なくとも劉備本人は死ぬまで正義サイドに立っている自覚はなかったはずです。

彼は“正義”という教科書に書かれた理念ではなく、人間としての心の叫びに従って本気で生きただけのこと。

虐げられ人生を失っていた、憐れな少年皇帝を助けたくなって曹操に喧嘩を売ったことも。賄賂を求めてきた腐れ役人を木に縛って印綬を投げ出したことも。無二の親友だった関羽を殺され、激情にかられて弔い合戦に走ったことも。……

全て「義侠心に基づき、やりたいようにやった」だけなんです。

でもそんな劉備の「やりたいこと」が人間が共通して持つ“義”に基づく行いであったために、少々迷惑であったとしても多くの人を感動させ、身近な家臣はもちろんあの時代の中華全土の民を熱狂させたのでした。

1800年もの長い時を超えて『三国志』という物語が伝わったのは、劉備の人格に熱狂したリアルタイムの人々の情熱によります。

 

改めて、劉備はENFJかPか考えてみる

>集団の総意というより、自らの正義感に従って動いていたり、そもそも行動の根拠が自分の感情だったり…

 

ふむ。それがENFPの特徴であるのなら、劉備はENFPかもしれませんね。

 

ただENFP(ルフィ)とENFJ(炭治郎)は評価がとても似ていて、判別しづらいものがあります。

まあ、全てのタイプにおいてPとJの違いは明白ではないので判別が難しいのですが。これはPとJの定義だけがユング心理学に基づいておらず、拮抗(きっこう)性――反比例する性質のものではないからでしょう。

だからどのタイプでもPとJは仕事などで変化したり、混合している場合もあるようです。

 

それでもベースの性格がどちらに近いのか、ですよね……。うーん。考えてみます。

 

ENFPとENFJはどちらもコミュニティ能力と直観力が高い陽性のキャラクターで、周囲の人を巻き込んで導いていく性質を持ちます。

違うのは、ENFJのほうが長期の信念を貫く

ENFPはその時々に出会う人たちに動かされる、という感じでしょうか。

とは言えこの指標での区別も難しい。

炭治郎だって始めは日常の幸福を求める庶民だったが、家族が鬼に殺された事件をきっかけとして鬼との闘いを決めたわけで。

ルフィはその都度出会う人のために臨機応変に動きますが、やはり根底には義の心に基づく変わらぬ信念があると感じます。(私は『ONE PIECE』は少し齧っているだけで詳しくないのですが)

敵の強さや問題の大小によって長期か短期かが異なっているだけで、本質的にはあまり違いはありませんよね。炭治郎の物語も第二話で無惨に会っていたら短編で終わっていたわけですから。

 

劉備はカリスマリーダーか、パリピか

信念の長短では分かりづらいのでその他の指標を考えてみます。

たとえばどちらもリーダータイプですが、そのリーダー性の違いです。

 

ENFJ:自らの信念に周囲を巻き込むカリスマリーダー

ENFP:出会う人たち皆と友達になり盛り上げるパリピ

 

この定義で考えると、やはり私は劉備をENFJ「カリスマリーダー」のほうだと感じます。

決して盛り上げる側のパリピではなかったなあ、と思うのです。むしろ本人は騒がしいことが苦手なほうではなかったか。

だから周囲を盛り上げる「運動家(パリピ)」となるよりも、信念を貫いていたらいつの間にか中心に据えられていて勝手に周りが盛り上がっていた、ということになりやすかった。それが本人には不本意でならず、「徐州牧を受けろ」「嫌だ。袁術がいるじゃん」といった地位の拒絶を繰り返すことになったわけです。

 

本当の友達いない? とは反対だった劉備

次に、他人との関わり方で分析してみます。

ENFJは身近に「狭く深く」の友情を持つタイプでしょう。どれほど人気を得ても本人が心を許すのは少数。その友人との絆を大切にします。

いっぽうのENFPは「広く浅く」交流するタイプですね。MBTIの解説サイトによってはENFPを「人気者になりたいだけの偽善者」「浅い付き合いの人は多いが本当の友達はいない」と説きます。それは偏見強めの表現ですが、おそらくパリピだけに少数の友人と深い絆を持つのは苦手かもしれません。

この点でも、ENFPは史実劉備とはイメージが違うかなと感じます。どちらかと言えばENFPはフィクション劉備のイメージに近いのかな。あくまでも現代作家が描くフィクションのイメージですが。

(演義の劉備は内気で優しいINFJまたはPっぽいでしょう。たぶん)

史実劉備は「狭く深く」の友情を大切にするタイプでした。本当の友達はいないなんて、とんでもない。中華全土の人気を得てもどこ吹く風。関羽や張飛たち、古参兵と兄弟のような絆を持ったことは史実ですし、“水魚”などというセリフも本心でなければ出て来ない言葉だと思います。

 

私が思う劉備のMBTIタイプ 結論

と言うわけで、やはり私がイメージしている史実劉備に合うMBTIタイプはENFJという結論でした。

せっかくいただいたご意見を否定することとなってしまい、申し訳ありません。ただ私のENFJ/Pについての認識が誤っている可能性もありますので、今後もご自身なりの考察を続けてみてください。

 

オマケです。

検索にて見つけたこちらのMBTIサイトさんが、偶然にも私が史実劉備についてお話しするときの表現と同じ言葉を使われていました。嬉しかったので引用しておきます。

https://oshigoton.com/enfj-feature-personality/ より引用:

ENFJは”正義の味方”!

 

主人公型(ENFJ)を一言で表すと”正義の味方“です。

行動力があり、情に厚く周囲の人をひきつける能力を持っているので主人公タイプと言われます。

持ち前の情熱とカリスマ性により、周りの人を刺激して共に成長していくことに喜びを感じます。

ENFJ型の人は主人公型と呼ばれるくらいなので、行動力や周りの人をひきつけるカリスマ性に優れています。

能力の高さによるカリスマではなく、人望など感情的な面で信頼を集めます。

他人を思いやる心を持ち、誰かの不幸や不正に対して声をあげて立ち向かう勇気に助けられる人は多いのです。

自分の利益のためでなく、正しいか間違っているかに焦点を当てて行動する様子は、まさに物語の主人公みたいですね。

ENFJ型は、友情・努力・勝利の三拍子が揃ったまさに少年漫画の主人公のような存在です。

持ち前の行動力と思いやりの心を持って、世界の理不尽に立ち向かいます。

そう、やはり「友情・努力・勝利」…少年ジャンプのテーマですね!

私はずっと史実劉備のことを「少年ジャンプ的ヒーロー」と表現してきました。だから史実はENFJの可能性が高いと思います。

(他人に改善を押し付けるとか、完全な公平を求めるということは少し違うのですが。無言で実行するので周囲も見習うことになり、結果としてそうなっていたのかもしれない)

 

まあそれで言ったらルフィも少年ジャンプの主人公(笑)だから堂々巡りとなってしまうのですが。

もしかしたらルフィをENFPに分けた読者投稿が正確ではなかった可能性もありますね。

いずれにしても、性格分類で完全と言えるものはまだありません。今後も人物分析の手がかりとして考えていきましょう。

 

諸葛亮はINTPの確信高まる

もう一つ、孔明についてもご意見いただきました。

個人情報に当たる箇所は言葉を変えています。(変えたところは斜めの文字で表現)

諸葛孔明がINTPっていうのは賛成します。兵士の命を重んじた過剰に(指揮官としては理想な)慎重な戦い方、北伐のルートを決める時に魏延の提案を突っぱねたことの2つから分かる、「効率<安全性」思考と、理由や途中過程がよほどしっかりしてないと動かない所はINTP特有のものだと思います。

僕もINTPの知人がいますが、すごい真面目で忠実なんですよね…。言動は捻くれています、理由がしっかりしてないと動いてくれない人でもあります。まぁ色々あって今は怒られてて口を聞いてくれません。(といっても見切られてる感じはしません)いつかその知人に報いてあげたいなと、仲直りしたいなと、個人的におもっています。

ですよね……、やはり孔明はINTPでしかないでしょう。

晩年にはJを演じていたらしく、遠目にはJに見えたかもしれない。だから人物を表面的にしか見ない歴史学者や、フィクションで彼はINTJキャラになるわけですね。

それで当初は私も世間の人たちと同じように孔明をINTJだと思い込んでいたのですが、今は様々なサイトでINTPの解説を読むたび「孔明はINTPでしかない」との確信が高まっています。

 

特に、INTPの

「初対面では物静かな普通の人の印象」

だが付き合いが深まると

「キャラが濃過ぎる変人の印象に変わる」

との評価などは孔明にピッタリ過ぎて笑うしかありませんでした。

(なお、同じINTPである筆者も幼少期からこの言葉を浴びてきました)

 

INTPが「途中過程を重視する」、それはものすごく分かります。

孔明の言動も捻くれ…ていたでしょうね。笑

劉備とは逆の天然コミュ障と言えるでしょう。

だからフィクションで“天才ふう”に描かれるのはある意味デフォルメであり、変人らしき表現は当たらずも遠からずだったとは思います。

 

>色々あって今は怒られてて口を聞いてくれません。

そうなのですか…。

たぶんいきなり口をきかなくなったのではなく、前もって忠告があったと思います。

私も友人と口をきかなくなってしまうことは時々あるのですが、その前に怒っていることを告げます。それで相手が逆切れして謝らなかったり、アクロバットな嘘をついて自己正当化した場合にそうなりますね。

わざと無視して嫌がらせをしているわけではなく、話せなくなると言ったほうが正確です。ストレスを感じるので距離を置きたくなるわけです。

「モラハラ」と言われるのは誤解。ハラスメントが目的では全くありません。くどくどと日常の細かいことを説教して悦楽を覚えたことはない、それどころか指摘するのは嫌でたまらずストレスを感じます。だからなるべくストレスを減らすために、本質的なことのみ指摘する傾向があります。

しかしそれまで何も言わなかった人が急に本質的なことで怒るから、相手はなおさら怖いのでしょうか。

私の場合はそこへ至るまでに相当の我慢をして悩んだあげく、周囲または相手のためを考えて告げます。だからその時は限界間近なんですね。

(たぶん表現が下手なのです。十年耐えたこともあります…)

その代わり、誠実に謝られたらすぐに怒りは収まります。

状況の正当性だけを考えますので、反省していることと、やむを得なかった理由をきちんと説明してもらえたら納得するのです。

「すぐ機嫌を直す」で有名。場合によっては5分で仲直りします。これは感情優先の人間ではないからなのでしょう。

人を根本から見限ることは滅多にありません。〔※1〕

犯罪が続いている場合だけ、その犯罪をしつこく指摘するわけです。相手が反省せず有害行動を続けるからです。

 

以前、諸葛亮の記録を読んでいて同じような態度をしていたと書かれていて驚きました。

忠義をつくして人民の利益をはかった者には、意見の対立した者でも厚く賞し、法度(法律規則)にそむき職責に怠慢な者は、親族であってもかならず処罰した。進んで罪を認め反省した者は重罪であってもかならず許し、言葉巧みに言い逃れようとする者は軽罪でもかならず処刑した〔※2〕。善行には些細なことでも顕彰しないことはなく、悪行には微小なことでも処分しないことはなかった。各種の事務に精通し、日常業務の基本を掌握し、言行一致を要求して、虚偽の言行をなす者とは同席しようとしなかった。

『正史・諸葛亮伝』陳寿評

ちなみに“処刑”とは死刑だけを指す言葉ではありませんので、孔明が死刑しまくっていたと誤解なさらないように。諸葛亮自身が「適宜に」と述べた、罪に相応した処分のことです。

誠実に謝った人は許し、嘘つきとは同席しなかった…つまり話をしなかったそうです。

自分の近年の言動と同じで冷や汗が出ます。周りから見れば怖いでしょうが、このような手段でしか表現できないのはいかにもINTPらしいと思います。

注釈

※1:人を根本から見限ることが滅多にない、について

INTPの特徴として「人を根本から見限ることは滅多にない」ということがあると思います。

わずかなミスだけで人を見限ることがないのは、たぶん思考優位だから。感情の好悪は後回しです。このため解決不能な問題がない限り人を見捨てることはありません。民族や階級、性別や年齢等での差別レッテルを最初から持たないのもINTPの特徴でしょう。

(ただしあくまでも“滅多にない”です。思考優位だからこそ、判断を積み重ねて“有害”と考えた相手…たとえば有害行動をして反省のない人物・集団に対しては冷たくなる。逆に言えば、そうなる相手はよほどの悪さをしているか価値観が激しく違うと判断されたことになりますね)

上で引用した通り、諸葛亮の記録でも「罪を犯しても反省している者は許した」と書かれています。

また兵糧輸送せず進軍を妨害し処罰された李厳も、諸葛亮が死んだときに

「諸葛丞相が生きていたらいずれ自分を許して復帰させてくれただろうに。これで望みはなくなった」

と嘆いたといいます。この記録は、諸葛亮が罪を悔いている人を許し復帰させることがよくあったという事実を裏付けるでしょう。

馬謖を斬った話ばかりが過大に宣伝されているので諸葛亮には怖い法家のイメージがありますが、実はわりと甘いほうではなかったか… と思います。

古代中国の政治家としては激アマなほうだったと言えるでしょう。それはそれでよろしくなかった。諸葛亮は厳しさではなく、甘過ぎたことを責められるべきかと。

 

※2:進んで罪を認め反省した者は重罪であってもかならず許し… が法の濫用に見える??

これについては具体的な罪と裁定の記録がないので判断しかねますが、諸葛亮が重罪の者を、反省しているというポーズだけで無罪放免にしたことはあり得ないと思います。口先だけで謝れば罰を免れることができるなら、法が事実上無効となってしまうからです。

諸葛亮が書いたものとされる文に「罪を犯した者は必ず適宜に処罰すること」という言葉がありますので、罪は罪として必ず裁定を降したうえで刑罰を吟味したものと思われます。

適宜に”という言葉がポイント。おそらく犯罪の理由(やむを得なかったかどうか)、本心から反省して深く悔いているか、改心の可能性はあるか… 等々といった客観的な状況を総合的に見て刑を決めたものでしょう。これは現代の量刑と同じです。

“量刑”という概念をご存知ない方は下の弁護士サイト参照ください。

【参考になる外部サイト】量刑とは~刑の重さはどう決まる?量刑に影響する要素

 

「蜀漢は三国のなかで、一番民が幸せに暮らしていた」

MBTIの話からは逸れますが、今回の三国志雑談のメールの最後に書いてくださった言葉が嬉しかったので引用しておきます。

(ある三国志好きな中国の方から)「蜀漢は三国の中で、1番民が幸せに暮らしていた。確かに今の技術の進化した世界に比べれば不幸せかもしれないけど、曹魏、孫呉よりも蜀漢が1番人々が幸せに暮らしていた。」という言葉が出てきたんですよね。嬉しかったのでkeiさんに共有したいなと思います。

共有ありがとうございます。本当に涙が出るくらい嬉しかった。しかも大陸人の方が……。(泣)

今、「諸葛亮は民を虐げて奴隷化し戦争を強いた」という誹謗中傷がさかんにばらまかれています。しかしそのような歴史事実はありません。証拠として挙げられた経済分析は根拠薄弱、故意の捏造であることは明らかです。

ただ戦争をしていたことは現実なので、蜀の民が幸せに暮らすことができていたのかどうか疑問ではあります。少なくとも魏などとは違い、民の反乱や墓の盗掘など起きなかったことは事実。だから民と気持ちが通じ合っていたと言えるかもしれません。

そうでなければ『三国演義』で蜀が中心に描かれることはなかったと思います。あの物語の存在こそが、当時の民からのメッセージなのだと今では理解しています。