「三国志(正史)でMBTI」、参考に考えてみた

「三国志(正史)でMBTI」、参考に考えてみた

最近流行りの性格診断MBTIを三国志人物で表しているツイートがあり、面白かったので引用して考えてみます。

〔2021/5/29改稿、追記。常体から敬体へ変更〕

MBTIとは?

「MBTI(Myers–Briggs Type Indicator)」とは、欧米でポピュラーな性格診断です。日本ではかつて「16の性格診断」として紹介され、最近はTwitterでもよく見かけるようになりました。

外向or内向
感覚or直感
思考or感情
決断or柔軟
の4×4=16で性格を16分類して分析します。

この通りユング心理学をベースに作られた性格診断ですが、結果が不安定なため信ぴょう性を疑問視する声もあります。ただし少なくとも血液型診断などの似非科学ではありません。また、占いでもないので占いが嫌いな方にもお奨めです。

人間関係を円滑にしたり、職業適性を調べるのに最も向きます。

診断テストはネット上にたくさん溢れていますが、以下のサイトが最も正確で信頼に足る解釈でした。決定版としてお奨めです。↓

16TEST 精密性格診断テスト

※一部有料。このリンクは当方のアフィリエイトではありません

 

三国志人物のMBTI(推測)

ツイートから引用。

INTJ同士の好敵手?

>INTJ→諸葛亮、司馬懿

「戦略家はINTJ」というご判断か。

ちょっと単純ですが、確かに司馬懿(仲達)はINTJで当たりでしょう。

と言うことは似た者同士の好敵手だったのか? だから膠着したのかあ、なるほど。……ではなくて。

諸葛亮(孔明)は、INTJではなくINTPだと思います。

たしかにフィクションの孔明はINTJ的な策略家として描かれていますのでそのイメージはあります。それから、現実の諸葛亮自身も仕事ではINTJらしく振る舞っていたところがあるでしょう。

しかしそれは仕事で「INTJ~戦略家としての振る舞い」を求められたから。本質はINTP~発明家(研究者)であるはずです。

おそらく、「職務上で求められるキャラクターを演じる」ということはよくあることなのではないでしょうか?

たとえば筆者はMBTIの診断サイトによってはINTJと出たり、INTPと出たりと結果が揺れます。このため「混合型か」と考えるしかなかったのですが、冒頭サイトさんによれば

(意識の方向グラフ,下に貼付した画像)はあくまで傾向でありINFPタイプでもINFJの傾向が出ることがあります。これは本質的に分類されたタイプとは異なり、後天的に育んだ要素であると16TESTでは位置付けています。

とのことです。

このように現実の例として、職務上では別のタイプとして振る舞える人もいます。特にPとJは訓練すれば切り替えることが可能になるはず。

参考:PだがJも演じる、筆者の結果貼付

…これだと一般のMBTIサイトでは「INTJ」の結果になるわけですが、冒頭サイトの結果ではINTPでした。

「ベースはINTP、表面上は後天的なINTJだったのか」と気付き、ようやく納得です。

確かに長年、INTJの解釈を読んでいて首を傾げるところが多々ありました。

筆者の文章や、口癖は圧倒でINTPです(論理でガチガチに固めた文は避ける。無駄話を詰め込み、脱線し、延々と終わらない長文を書く。接続詞が多い)。

あとINTJには「野心がある」と言われるが、野心?ないないないない。と思います。むしろ野心どころか適度な挑戦意欲もないのがコンプレックス。どなたかに「やる気スイッチ」を押してもらいたいな、と思っています。

現実に仕事では頭のなかでPからJへ切り替えている、と感じます。これは長年染みついた癖なのでほぼ無意識に行っているのですが、意識的にもできます。

たとえばINTPは様々なことに関心を持ち散らかりやすい、熟考し過ぎて永久的に結論を出さないところがあります。これでは学業や職務に支障が出ますので、「ちゃんとしなければ」と自分に言い聞かせてINTJらしく決断してきたと思います。

孔明がINTPだという証

おそらくは亮も私と同じでしょう。ベースはINTP、職務ではJに切り替えていた。

根拠として、史書に「諸葛亮は独自性があった」と記録されています。たくさんの発明を残したと言われており、そのほとんどは伝説に過ぎませんが、工夫が好きで改良をよく行っていた※という現実の個性があったので伝説が生まれたのだと思います。これは明らかにPの特性。

補足 工夫好きは反復思考が癖

「INTJだって発明くらいする」とのご意見へ。必要に迫られての発明なら確かにINTJでもするでしょう。しかし諸葛亮の場合は必要に迫られて、たまたまその時だけ発明したのではありません。生来「工夫」や「改善」が好きだった。

このような生来「改善」好きの人には反復思考(自己の内部で考えを反芻する)癖があります。そして反復思考癖は、JではなくPの特徴です。

※独自性あり・兵器の改良や発明をよく行った、は史実。こちらが史実キャラ:

孔明ってどんな人だったの?に回答。諸葛亮の性格、実像エピソード紹介

また、亮の本心が出た文章も明らかにPです。簡潔さがない、急に転調する(話題を変える)、ダラダラ長いと言われている、笑。そして絶望的に野心がない。

参照:

「出師の表」とは何か? 世界で一番やさしい解説

 

『演義』のフィクション孔明は純粋なINTJっぽいのでしょう、きっと。「智謀の人」などと言われているあたり、フィクションでは野心もありそう。でもそれはフィクション。現実の孔明に野心はありませんでした。

補足 「孔明は臨機応変が得意ではなかった」について

陳寿が「臨機応変の戦術に長じていなかったのでは」と言った諸葛亮に対する評価は有名です。

ここから孔明は「J」(判断型、不動型)と考える方が多いでしょう。私も長年そう思ってきました。…しかしこの思い込みがまさに“罠”のようなものだったと知ったのは、上サイトのおかげでした。

こちらINTJの解釈をご参照ください。

4:「安牌」よりも「トリッキーな一手」で勝ちたい

INTJは常に、ゲームの勝者であろうとしますし、ゲームならではのスリル感を味わおうとします。入念に未来を検討したうえでイチかバチかの大勝負に出たり、一手ですべてをひっくり返すような策略を思いついて大興奮したりするのは、INTJならではの行動です。

”狡猾な戦略家”なINTJタイプであるかもしれない、22の兆候

このようなフィクション孔明っぽい態度を史実の諸葛亮が示したことは一度もありませんでしたね。

史実の孔明は「トリッキー≒神算鬼謀」とは正反対でして、「安牌」で戦うタイプだったので臆病者と呼ばれ批判されているわけです。

つまり陳寿の言う「(戦場において)臨機応変の戦術が得意ではなかった」とは、少なくともINTJの個性とは正反対だったということです。逆説的ですが。

また、INTJは「目的のためなら手段を選ばず」です。しかし諸葛亮は「手段を選んだ」。道義に縛られて残虐な戦略を使うことができなかった人物なので、これもまた奇策を好む中国では批判されてきたわけです。

実は、このように道理を守るのもINTPの特徴。同じく道理を守るという観点から法の施行に厳格なのも、INTJではなくPのほうです。

INTPは何よりも公平性と正義を強く信じており、すべての決定は合理的であるべきだし、それでいて人間としての道理に従うべきであると考えています。

INTPの性格を理解するために

何故に自由で縛られない発想を持つPが、NTと掛け合わされると道理に関して態度が逆転するのかは不明です。INTPは「合理=道理」という真理を直観で察知しているためにそうするのかもしれません。

いずれにせよ、これらの解釈から(またPJは表面上で切り替えることが可能であるという私の例からも)、やはり諸葛亮はINTPだと考えるのが妥当だと思いました。

劉備や法正など、違うなと思った解釈

他に違うだろうなと思った解釈を上げておきます。

劉備はENFJ、心優しき陽性のカリスマヒーロー

上のツイートが『演義』に影響されていることの証拠は

>INFJ→劉備、周瑜、荀彧

という解釈。この中で正しいのは荀彧だけでしょう。

劉備は「I」ではないと思います。

『演義』では内気で弱虫な感じだからこの結果なのか? 史実は全く違いますよ。

「J」は当たっています。彼は、決断力が半端ではない。そして一度決断したら決して心を変えない。つまり信念が強い。

だから史実の劉備はENFJ(心優しきカリスマリーダー、少年ジャンプ的ヒーロー)でしょう。

補足 「劉備は控えめで上品」とはフィクションイメージです

「控えめで上品な劉備は、I(内向性格)だ」というご意見がありました。しかしまことに恐縮ですが、それは完全なるフィクションの劉備像です。

道義に関して、確かに真面目は真面目。劉禅へ「少しの悪いこともしてはならない」と遺言したくらい強い道徳心を持つ人です。

しかし劉備が「控えめで上品」とは……無い無い無い。苦笑

彼を貶めるつもりは毛頭ないのですが、史実の劉備はそういうお行儀だけが良いタイプでは全くありません。(ごめんなさい、私はそもそもフィクション劉備が好きではない)

史書に基づいた話をすれば、「若い頃は勉強をせず流行の服に身を包んで街を闊歩していた」という記録文に劉備の人格が現れていますね。家柄は良いのですが、ちょっと“ヤンチャ”な遊び人の時期があったわけです。

各所で禅譲されても劉備が拒み続けたのは、「控えめ」だったわけではなくて本当に嫌だっただけです。陶謙から禅譲されて三度どころではなく断り続け、徐州の重鎮から脅迫を受けても拒んだ記録はまさしく地獄絵図(笑、周囲の人たちの苦心が目に浮かぶよう)。あれは「礼儀に従って断る振りをした」のではなくて本気で嫌だったとしか言えないでしょう。あれを読んで「礼儀。断る振り」と言う人はご病気の可能性あり、病院で脳検査したほうが良い。

なお若い頃の劉備が「寡黙だった」という記録文が真実かどうか私は疑いを持っています。確かに余計な議論には参加しないタイプだったと思いますが。

軍閥を率いて地位が高くなってからの劉備には、一兵卒とともに寝食をともにするのが好きだったという記録があります。このような人が「上品なお坊ちゃん」だったでしょうか? 否、否、否!笑 上品な人に一兵卒と寝食をともにするのは無理ですよ。兵士のほうが恐縮して逃げるでしょう。

史実の劉備は、イメージとしては「正義感の塊で熱い闘志を持つが、仲間に対しては気さくで優しい兄(あん)ちゃん」です。

分かりやすくジャンプ漫画でたとえると、『鬼滅の刃』炭治郎をもう少しヤンチャにした感じ、と表現するのが最も史実の劉備をよく表しています(そもそも炭治郎は劉備がモデルだと噂されています)。古いけど『聖闘士星矢』の星矢も劉備に近かったと思います。あとは若干違いますが『ドラゴンボール』なら孫悟空、『ワンピース』ならルフィが近いです。つまり史実劉備はどこまでも主人公キャラクター、少年の正義感と優しさを最後まで持って生きた人だったと言えます。そのため皆、彼に惚れ込み最後までついて行ったのです。

こんな少年ジャンプヒーローたちが「上品」ですか? 善人ですが上品とは思えませんがね。笑

そして、上品でなくても良いと思います。私は上品ではない、細かいことは何も気にしない、しかし正義に関しては絶対的な信念を持つ史実劉備のほうがフィクションより遥かに好きです。

周瑜はSでしかありません

周瑜も違うはず。

周瑜は明らかに直観よりも感覚人間、「S」です。

私は彼についてあまり深くは知らないので他のことはよく分からないのですが、無類の音楽好きだったという記録があることは確かです。音感に優れていたならば直観ではなく感覚優位の人間であったはずです。

(Nすなわち直観タイプは体感が弱いため、音楽にさほどの関心を持たない。音楽の詩情的・思想的側面のみに関心があり、音の感覚は二の次。私は強めのNで五感が鈍いので分かる)

補足 周瑜はただの音楽好きではなかった

周瑜は「ただの音楽好き」ではなく、音に過敏な優れた聞き手として有名でした。演奏のなかのたった一音が微妙にズレているだけで即座に指摘したといいます。直観タイプのNにももちろん音楽好きはいると思いますが(私も感覚が鈍いながら音楽好きではあります)、単に好きというだけの人を周瑜のような感覚天才と同列に並べて語ることはできません。

法正は感情型人間(F)でした

他に明らかに違うと思うもの。

>INTP→法正

これはピンときませんでした。

法正は後方支援のタイプではなく、戦場で能力を発揮する現場参謀なので「P」は妥当です。(INTだとトリッキー戦術好きは「J」になるはずですが、下に書く通り前段が違うため「P」で正しいのではないでしょうか)

しかし、彼は「T」では絶対にないと思います。感情で法律を適当に運用する人※は「T」では有り得ない。感情優位の「F」でしょうね。

※史実の法正さんは私的復讐のために法律に基づかず権力を行使して諸葛亮に批判されています。私もTなので感情に基づいて権力を濫用する人が苦手です。法正はプライベートでは情に厚い人だったので、孔明も私的な面では彼のことが嫌いではなかったと思いますが。

「S」か「N」かは分かりません。優れた参謀だったのでNかなと思いますが……Sのイメージのほうが際立ちますね。

〔追記〕あと肝心の「I」か「E」かを考え直すと、人付き合いを重視しましたので「E」ではないかと思います。

曹操はIでF、内向感情タイプ

>ENFP→曹操、曹植

曹操は「E」ではなく「I」だと思います。

他罰的なところが「E」っぽくはあるが、それはサイコパスであるせいでしょう。※

そもそもサイコパスなどの人格障碍は健常ではないのだから、こういった一般向けテストのカテゴリーに当てはまりません。

ベースは内向の「I」、だからこそ遠目に知的にも見えるのだと思います。

〔追記〕「N」か「S」かで迷うのですが、野心が強く色欲もあったようなので「S」が優位でしょうか?

「F」は合っていると思います。実は、曹操は思考優位ではなく感情優位。曹操が合理主義者というのは『演義』や『蒼天』のフィクションであって、現実では感情だけで行動して権力を行使し、ほんの僅かな不機嫌で激高して粛清し、民の大虐殺も行っています。思考優位の人はこのようなことはしません。合理的に考えても圧倒でマイナスしかありませんしね。

結論、曹操もI?FP。ただし何らか脳の障碍を持つサイコパスなので一般の定義には当てはまらず

補足 ※曹操がサイコパスと述べる根拠は脳障碍の痕跡

※について。私が「曹操はサイコパス」と述べているのは、単に粛清した史実だけでレッテル貼りしているわけではないので悪しからず(民衆虐殺は当時あたりまえに誰でもやった、まともな合理的判断だった、と言って曹操を擁護するのは史実上も人道上も納得しかねますが…。無辜の民を、妊婦や幼児も含めて大虐殺することが「当たり前」として許された時代など人類史に一瞬たりともありません。もし曹操が称賛される虐殺をしたのなら、当時の民がどうして曹操を憎んだのか?)。

「サイコパス」とは世間で流行している、ぼんやりしたイメージの悪口言葉などではなく、精神医学できちんと定義のある用語です。

ここでは曹操の史実と、激高して簡単に人を殺したり残虐な拷問を好んだことなどの行動を併せて、脳科学的に「曹操は精神病質(サイコパシー)だっただろう」と考えているものです。→サイコパシーとは脳の構造変異などを要因とする人格障碍のことです

詳しい分析:

曹操はサイコパスだった! 現代の脳科学・精神医学で裏付けられる人格障がい

趙雲はPかJか微妙

趙雲については以前ここで「Pでは?」と書いていましたが、訂正です。

実はルールに厳しく、孔明がフレキシブルなことをして子龍に怒られたという史実もあります。と言うことはやはりJかもしれません。そのわり戦場では遊撃を得意とし、“空城の計”のモデルとなった機転を利かせた話も残っています。

結果、分からず…。彼ももしかしたらベースはJ、職務ではPと切り替えられるタイプだったのかもしれません。

ということは、趙雲はISTJで合っているでしょうか。ISTJは「真面目な保護者気質」…確かにそんな感じの人です。

 

関羽と張飛、姜維は?

以上。上リストの他の人々については分からないのでまた後日、機会があれば考えてみます。

なお、蜀でメジャーな関羽と張飛について上ツイート主さんも書いていませんね。彼らは史実の記録が少ないので現実の性格分析が難しいのかもしれません。

あくまでも私のイメージだけで言えば、次の通り推測できます。

関羽:ISTP(仮)

関羽はフィクションだけではなく史実上でも優しく義に篤い人です。上には厳しいが部下や年下には優しかった。このため彼を慕う部下は多くても、恨む者はいませんでした。ただその優しさは内に秘めたもの。外部の人から見れば危険な香りのするナンバーツーだったでしょう。感情優位の人ではなくて抑制がきいており、頭が切れた。戦場で刺さった矢の治療をしながら、痛みに顔をしかめることさえなく豪快に酒を飲んで笑っていたそうですから(史実)、“豪傑”であったことは確かでしょう。ですがガサツなイメージはありません。フィクションよりも史実はスマートな感じ。冷静沈着で腹の据わったISTPが、関羽のイメージに近いです。

張飛:ESFJ(仮)

張飛が現実にどういう人だったのか、史実には性格についてほとんど言及がありませんので記録の裏付けで話ができません。ただ戦いぶりは勇敢だったこと、劉備に対する忠誠心(友情)は強かったことが史実からも窺えます。フィクションのイメージだと無邪気なエンターテイナーESFPという感じですね。私の現実的なイメージでも、ひたすら陽性で無邪気な印象しかないのですが、フィクションと違って彼は意外に色々と気を遣うESFJだったのではという気がします。上位者や仲間にはとことん尽くした点も、ESFJらしいのでは。ただ下の者には我がままを言って反感を買ってしまったことだけ、残念だったと言えます。

 

姜維:ENFJ(仮)

21/5/30追加です。姜維については、ひたすら「一途で真っ直ぐな熱い子」というイメージがあります(子、と呼んですみません。とても若いイメージなので)。記録上ではやはり性格について言及が少ないため裏付けのある性格分析をしづらいのですが、諸葛亮の死後も忠誠を尽くして散ったその一途な人生から、ENFJと考えてみました。劉備と同じになりましたが生き方の違うパターンです。思いやりに溢れ、他人の幸福ばかり願い、尊敬した人には忠義を尽くして組織では真面目に生きる。まさに「純」という漢字が相応しいENFJは彼のイメージに合います。こちらサイトの「他者から批判されると過敏に反応する」も彼のイメージにぴったり。『後出師表』は姜維か彼の周囲の者が書いた気がします。

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