「曹操の歴史的役割を認め、諸葛孔明の虚像を暴いた本」の嘘と真相

「曹操の歴史的役割を認め、諸葛孔明の虚像を暴いた本」の嘘と真相

〔2020/10/7解説〕これは昨今の日本で展開されている「諸葛孔明を侮辱して貶めろキャンペーン」へ、初めて言及した記事です。

この記事ではまだ控えめに書いているのが分かるかと思います。

気が狂っているとしか思えない妄想的な解釈、人間性の欠片もない誹謗中傷・侮辱を書き込む妖怪たちを“気色悪い奴らだなあ”と思って眺めていましたが、私には意見を述べる権利がないと思って黙っていました。それに当時はまだ頭の弱いネットのマニアに過ぎないと信じていたからです。

しかし渡邉義浩、柿沼陽平といった歴史学者の肩書を持つ人たちや、『蒼天航路』をはじめとする日本の漫画までもが同じ妄想を声高に叫んでいるのを見て、これは組織的なプロパガンダ・国家による歴史捏造が行われているのだと気付くに至りました。

以降、遠慮をやめて、こうしてブログ等々で語り続けています。

 

 

逆説を唱え承認欲求を満たそうとする、幼稚な人々

十年ほど前からですが、ネット上で「曹操の歴史的役割を認め、諸葛孔明の虚像を暴く」という説を書き込み得意になっている人々が増えているようです。

何故に彼らが得意になっているかと言うと、フィクション(演義)において
「曹操は悪」
「劉備・諸葛亮は正義」
という対立構造が描かれてきた歴史があるからなのだそうです。
それで、
「実は曹操様が素晴らしい英雄なんだ! 悪いのは蜀で、劉備と諸葛亮こそ悪者なんだ!!」
といった逆説を主張すると、いかにも自分が新発見をした天才であるかのように認めてもらえると信じ、ドヤ顔で主張し続けているわけです。

幼稚でしょ?
一般の方々は引くと思いますが、これが三国志ジャンルに巣くう頭の弱い人々です。

★もう少し真相に踏み込みますと、曹操を「正義の人」と歴史逆転させて蜀を貶めようとしているのは、中国共産党です。曹操を英雄として称えている著書やネット書き込みは中共プロパガンダ。上の「頭の弱い人々」とは、中共からお金をもらっている者たちのこと。(反日団体の構成員、共産党員、共産思想にかぶれた人たちが請け負っている。渡邉義浩は中共とズブズブの左翼学者です)

参考

『新解釈三國志』他 曹操カッコイイ!正義の人!!…それ、プロパガンダです。

 

私もかつてブログで曹操の行った民衆虐殺について言及したとき、ある曹操崇拝のプロ作家から
「演義フィクションに洗脳されやがって! 馬鹿じゃねーの? 演義で劉備が正義ってのは嘘なんだ、曹操様こそ正義なんだ」
という攻撃コメントを書きこまれたことがあります。(プロ作家ですよ。しかも大学教授だか。恥ずかしいですね)

フィクションに洗脳? 私が? 笑
笑わせてくれます。
当時フィクションなど一度も触れたことがなく、蜀漢が正義の扱いを受けていることさえ微塵も知らなかった私が、どうやってフィクションに洗脳されるというのでしょうか。
曹操を教祖とする聖書物語に洗脳されているのは、あなた方、何も知らないカルト信者のほうです。
曹操の行った虐殺や粛清どころか容姿が醜かったという基礎知識すらなく、マンガの通りの八頭身美形だと信じて萌え萌え叫んでいる気の毒な人たち。

私は劉備を心から敬愛していますが、「正義」などというくだらないレッテルを貼ったことは一度もありません。心から尊敬する人に対し、そのように物として扱うかのような失礼なことは絶対にできません。
まして諸葛亮に「正義」だとか「善良」だといった恥ずかしいレッテルを貼るわけがないでしょう。

 

狡猾に曹操を称え、諸葛亮を貶める歴史家たち

上の曹操信者たちは逆説を述べることで承認欲求を満たしていますが、今までチヤホヤされてきた(らしい)諸葛亮には個人的な嫉妬心から憎悪も抱いていて、ネットや創作で彼の悪口を言いふらしています。

典型的な人が、『蒼天航路』の作画担当者、王氏です。
彼は「ぶっちゃけ三国志ってよく知らない」と言う無知な人ですから、原作者が突然死んだ後はK党の指示も知らず、創作の隠れた目的も読めなかったはずだろうと思います。しかし原作者から
「毛沢東同志(曹操)を称え、蜀を貶めろ」
との遺言だけは受けていたのでしょう、登場人物の名すら知らないほど無知なのに一人前に嫉妬心を発揮して蜀と諸葛孔明を侮辱することに力を注ぎました。

と、『蒼天航路』原作者・作画者の出自、こちらURLから引用

この内、モーニングの様子がどうも変な感じです。どう”変”かというと、連載されている作品に韓国人や華僑系の中国人や台湾人の姿がチラつくのです。具体的には、以前連載されていた『蒼天航路』や現在連載中の『SPEED』などです。

『蒼天航路』は、曹操を主人公にして三国志を描いた作品で、原作が在日韓国二世の李學仁(イ・ハギン)で、大阪出身の台湾系の華僑といわれる王欣太(KING☆GONTA)が漫画を描いています。また、『レヴォリューションNO.3』、『フライ,ダディ,フライ』の続編である『SPEED』の原作者は、『GO』の著者で知られる金城一紀で、彼は在日韓国人です。『蒼天』は余り興味関心を惹かれませんでしたが、『SPEED』は結構好きな作品です(8月22日付けで『金城一紀という男』という記事を書いています)。

今回、「マンガ界に韓流の捏造はやめてね」という辛口のタイトルで記事を書こうと思ったのは、先週発売されたモーニング第6号に、金正賢(キム・ジョンヒョン)という漫画家の描いた『タマキムチ』という作品が掲載されたからです。この作品は、第50回ちばてつや賞大賞作品らしいのですが、まったく面白くありませんでした。モーニングがこんな低レベルな作品を載せたということは、何か裏がありそうな気がします。
…(略)…
マンガによる韓流の捏造を最初に感じたのは、TBSで去年放送されたドラマ『ドラゴン桜』でした。教師から「マンガから歴史に対する興味関心を高めるのも良い」といわれた生徒(小池鉄平)が、マックで『蒼天航路』を読み耽るシーンがありましたが、これは原作にはないストーリーでした。横山光輝の『三国志』を読むならまだしも『蒼天航路』を読んでも何の役にも立たないと思います。このシーンを見た時、明らかに何者かの意思を感じました。

同意。

無知な漫画家と同じく、ネットの書き込みは根拠ゼロの幼稚な悪口ばかり。
ですが、学者がこの「逆説」を書籍にしているケースもあります。
学者たちはあたかも真実であるかのように装っているので、なおさらたちが悪いと言えます。

最近、SEOに力を注ぐ三国志キュレーションサイト「はじめての三国志」などもこの説を転載しているようですが、元になったのはこういう本でしょう。
(実は大元になったのは、C国K産党がばらまいた捏造論文なのですが。皆そんなことも知らないのだろうな)

ネットで見つけた書籍レビュー:
hon-bako.com

上の方の感想を読んだ限りではかなり歪んだ空想のようです。
以下、上URLを参考にして少しだけ私の意見を書いていきます。

 

フィクションが生まれた背景、伝説の真相

上のレビューから引用します。

「(日本における『三国志』人気が)基本としているものは『(三国志)演義』であり、三国時代の史実とは大きく異なる。先の見えない今日を生きるわれわれの規範として、乱世に挑んだ三国時代の人々の真実の姿を『演義』の虚像に求めることはできまい」。全く、同感である。

まあ、演義が史実と違うのはそうですね。

ただ一点、言っておくと、歴史のファンタジーが生まれる背景にはたいてい真実の理由があります。
アーサー王伝説然り。聖書伝説然り。

三国時代で言えば、そもそも蜀人物たちが生きていた当時から絶大な人気を集めていたという現実があったので蜀に好意的な民間伝承が数多く生まれたのです。
(一般の『三国志』フィクション、演義はこの民間伝承がベースになっています。三国志マニアたちが勘違いしているように「演義は正史が原作」なのではありません)

つまり「蜀が善で曹操は悪」という設定はある意味、一般人民にとっては「真実」だったということです。

歴史学者の頭が悪いところは、一般人民の存在を完全にカットして考慮に入れないことです。

たとえば陳寿などの歴史家一人や、司馬懿一人、数人の士大夫だけが称賛したから諸葛亮はチヤホヤされるようになったのだと本気で信じている。
それこそあり得ない空想・妄想です。
三国志創作や、歴史学者たちの話を聴いていると、あの時代にはせいぜい数十人~数百人程度しか人間がいなかったかのように感じます。お粗末。

たった一人の意図だけで生まれる伝説などこの世にありません。
伝説を生み出すのはいつの時代でも必ず、圧倒的多数の民たちです。
それは同時代を生きた人々の「肌感覚」から生まれます。
無辜の民を虐殺し数々の粛清を行った曹操へ恐怖を抱き、対抗しようとした蜀陣営へ敬慕を抱くのは、一般民として当然のことではないでしょうか。

あなたは今この時代に自分自身や家族が虐殺される危険を覚えたら、その虐殺主に萌え萌え叫ぶことができますか?
それでも萌え萌え叫んでいたら相当の変態ですね。虐殺拷問されたいと望むとは。

繰り返すと、三国時代の人々は人間として真っ当の感覚から、曹操を憎み蜀人物たちを愛しただけです。一般的な意味での「正義」や「悪」のレッテルなどではありません。もっと身に迫った本能的な危機感です。
いつの時代も、同時代の人々自身の「肌感覚」が伝説を生み、後々まで伝えられることになります。
これが伝説の真相です。

三国志ファンが知らない真実。陳寿は蜀を貶めようとした

現代歴史学者による捏造話はここからです。

「しかし、陳寿の『三国志』を読めば、三国時代の史実を理解できるわけでもない。陳寿の『三国志』は正史と呼ばれるが、正史はしばしば誤解されるように、『正しい歴史』を記録したものではなく、史書を編纂した国家にとって『正統な歴史』を描いたものだからである」というのだ。

私も常々言ってきたように、陳寿の正史は「全て史実」というわけではありません。
本編はほとんどフィクションです。そして、フィクションとした理由は

それでは、陳寿が置かれていた環境・立場とは、いかなるものだったのか。「曹魏を滅ぼして建国された西晉(265〜316年)の史官であった陳寿は、曹魏から西晉への革命(権力奪取)が正統であることを示すため、三国の中で曹魏を正統とし、蜀漢・孫呉を曹魏の臣下として扱う必要があった。また、(曹魏から権力を奪取し)西晉を建国する(臣下の)司馬氏に対して、曹魏を守るために戦った諸葛誕や毌丘倹を、曹魏の臣下でありながら、忠臣として記述しない。陳寿が著したものは、曹魏の正史ではあるが、あくまで西晉の正統を示すための曹魏の正史であるために、曹魏に忠誠を尽くして西晉と戦った者は、悪く書かれるのである」

全くその通り、陳寿の正史は司馬氏のために書かれたものです。
だからこそ、魏が正統な王朝であったと示す必要があったわけです。

であるなら、曹操を崇めることこそすれ、「貶める」と言うのは理屈に合わない。
陳寿はあれでも精一杯、曹操の正しさを表現するために苦心してフィクションを描き込んだと言えます。

つまり、どちらかと言えば正史には曹操の虚像が描かれていると言ったほうが正しくなります。

曹操崇拝者は、正史に嘘が書き込まれていると信じることで曹操の行いから目を背けているのですが、実はあれでも控えめなほうなのです。現実はもっと酷かったということです。

さらに、『三国志』には、陳寿の別の動機も隠されていたのである。「旧蜀臣であった陳寿は、蜀という地域とその歴史を愛していた。旧敵国である、もと蜀漢の臣下たちは、西晉において不遇であった。陳寿は、蜀漢を代表する宰相として諸葛亮(孔明)の忠義を強調し、諸葛亮と劉備との関係を関羽・張飛とのそれ以上に密接に描こうとした。・・・『演義』に虚構が含まれるように、『三国志』の記述にも、陳寿が生きた西晉という国家のための、そして著者である陳寿の考えに基づく偏向が存在するのである」。こうして、私の思い込みは根拠を失ったのである。

これが曹操を崇めるための捏造話です。

先の
「陳寿は曹魏を崇めなければならなかった」
という理屈から矛盾しているではありませんか?

 

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