なぜ孔明は貶められているのか?【回答】諸葛亮が“日本人に転生”したから

なぜ孔明は貶められているのか?【回答】諸葛亮が“日本人に転生”したから

孔明が誹謗中傷されている件、背景事情のまとめ(核心)です。

※この記事はスピリチュアル的な話ではありません。日本の近現代史について

 

これまでのお話

2000年代から三国志ジャンルで「曹操崇拝」の「アンチ蜀」が流行し、史実に基づかない偏った曹操称賛や、蜀の人物を貶める過激な悪口が書き込まれるようになったことをお話ししてきました。

特に、日本で人気一位だった諸葛亮・孔明は最も激しい誹謗中傷のターゲットとなり、ねじまがった悪口で貶(おとし)められています。

マニアさんが語る状況:

三国志ジャンルの偏った布教活動について(ジャンル内体験者談)

 

さらに最近はネット書き込みだけではなく学者の肩書を持つプロたちが歴史捏造を書籍でばらまき、諸葛亮の貶めを行うようになりました。

例: 渡邉義浩 柿沼陽平 出口治明

お人好しな歴史マニアさんたちはこの状況について

「今まで蜀が持ち上げられてきた歴史があるから、反動でアンチ蜀が増えただけ。ただの流行」

だと思われているようです。私も少し前までそう思っていました。

でも、実は単なる流行ではなかったのです。※

今まで当ブログでは東アジアの広範囲な近代史から背景をお話ししてきましたが、今回は日本が置かれた特殊事情からの核心をご説明します。

※単なる流行ではなかった…について

ネットの大量書き込みと学者プロたちが一斉に同じ話を始める状況が「流行」ということは絶対あり得ません

たとえば今まさに行われているトランプ大統領への大々的な誹謗中傷、明らかな不正疑惑を報道せず「デマデマ」と叫んで潰そうとするメディアという現状を見て、敵のプロパガンダ手法に気付きましょう。

孫子は「上兵は謀を伐つ(兵士を用いない謀略が戦争の第一)」と言っています。だから謀略に気付いて防ぐことが防衛の第一。
三国志マニアさんたちは私の話を「妄想」と決めつけて黙殺しているようですが、ここまで具体的に書いてもまだ「妄想。くだらない」と決めつけ無視するようでは、あなた方の命も歴史学も終わります。

参考記事

超限戦は『孫子』の劣化版、生兵法【古典で読み解く現代中国】

前提。中国共産党は曹操崇拝を推し進めている

まずはこれまで書いてきた近現代史の背景を、ここでも簡単にご紹介しておきます。

始皇帝曹操などは中華圏の歴史でずっと「悪者」扱いされてきました。ところが、20世紀の半ばに政権を奪った中国共産党は、これらの虐殺王を「正義の人」ということにして学説を作り変えさせました。さらに一般人民にも始皇帝・曹操を崇めるように強制しています。大陸人は賢いのであまり成功していないようですが。
(中共の御用学者たちは「最新の研究による再評価」と言っていますが、嘘なので信じないように。実際は歴史の作り替えです)

なぜ中共が始皇帝や曹操を「正義の人」ということにしたいかと言えば、虐殺などの恐怖政治によって民を奴隷化し、支配したからです。

中共は恐怖政治のことを「法治」と呼んでいます。そんな恐怖政治を過去に行った代表的人物が、始皇帝や曹操。そのため彼らを「正義の人」ということにして自分たちのイメージアップをはかろうとしているわけです

日本人にも同じように始皇帝崇拝・曹操崇拝を押し付け、「恐怖政治は素晴らしいものだ」と洗脳しようとしています。
そのための洗脳工作の一つが2019年の『三国志展』でした。この前後にNHKを使ってテレビによる洗脳キャンペーンも行われています(渡邉義浩監修の番組)。

参考:

三国志展のガイダンス映写から読む、中国共産党の思惑

 

いっぽう曹操に対抗した諸葛亮に関して中共は長年大々的な貶め工作を行ってきました(諸葛亮は曹操の敵であったとともに、中共が否定する「儒教」「道教」のシンボルだったからでもあります)。

文化大革命以降、諸葛亮を誹謗中傷する論文が大量に書かれたようです。しかし一般人民には諸葛亮の貶めが通用せず、反発も買うようになったため最近の中共は方針転換しています。
今は
「孔明は、我が曹操様を目標としてがんばって法家となり恐怖政治をしいた。しかし能力が劣っていたため、我が曹操様には及ばなかったのだ」
ということにして諸葛亮へ一定の評価を与えるようになってきました。嘘の歴史をもとに上から目線で「評価してやる」とは、許しがたい話ですが。

この中共の新方針に基づき、「孔明は曹操を目指して帝位簒奪を狙っていた。私利私欲のために民を虐げて殺し、恐怖の独裁支配を行った法家」という捏造話を日本でばらまいているのが渡邉・柿沼ら孔子学院関係の学者たちです。

なお孔子学院の学者たちは中共に従って曹操崇拝しているだけであって、性根から「アンチ孔明」というわけではありません。
だから、「私は孔明が好きなのよ♪」などとラブコールを送ったりしています(…気色悪い)。あくまでも自らが捏造した「民を虐げた孔明」という偽キャラクターが好きなだけなのですが。

【この中国共産党が行っているプロパガンダについては以下の記事参照。堂々と公開された書籍もありますので、事実として裏付けが可能です】

〔まとめ〕妄信的な曹操崇拝と孔明(蜀)貶め、歴史改ざんの裏事情

 

孔明を「反日シンボル」として憎しみをぶつける者たちの存在

もう一つ、このような中国共産党の御用学者たちとは違う立場から諸葛亮を誹謗中傷している者たちがいます。

それが日本在住の外国籍の人々。主にコリアン、朝鮮籍です。

〔念のため。これはヘイト目的で書いている文ではありません。現状を述べているだけです〕

思い出していただきたいのですが、2000年代に曹操崇拝を掲げて諸葛亮らを貶め、アンチ蜀たちを生んだとされているのは漫画『蒼天航路』ですね。

『蒼天航路』の原作者はコリアンの李學仁。作画は王欣太という台湾人ですが、おそらく左翼でしょう(一般にはあまり知られていませんが、実は台湾にも反日の極左団体が多いのです)。
漫画が人気となって曹操ファンが増えたように思われているけど、もちろんその人気は大量の工作員投下とメディア買収によって作られたものです。『蒼天』ファンたちは漫画に洗脳されたおバカさんなのではなく、作者と同じ台本で動いている工作員です。

参照。日本コミックは買収されている:

日本コミックが中共の道具に…。出版社が新人へ思想教育していた驚きの事実

彼らコリアンたちは諸葛亮を日本人に見立てて、と言うよりほとんど「日本人そのもの」と本気で思い込み憎悪をぶつけています。

今もせっせと「孔明の悪口」をネット上に書き込み続けているのは、このコリアン系の反日団体・反日活動家たちです。

たいして儲からない三国志ジャンルなのに、曹操崇拝の三国志サイトが潤沢な資金を得ていることは不自然だと思いませんでしたか? パクり記事だけであれほどの金儲けはできませんよ。裏から資金を得て活動しているプロの団体だからこそ力を持ち、弁護士の保護も受けているのです。

2000年代、偏った曹操崇拝を叫ぶ「自称・曹操ファン」たちが暴力的な発言や行為によってネット上で嫌悪されていました。ストーカー行為など現実の犯罪、暴力沙汰に及んだ者たちもいたようです。何故あのように暴力的で話の通じない人格異常者が多かったのかというと、そもそも「暴力のプロ」だからです。

日本で暴力活動をしている「シバキ隊」をご存知でしょうか? もしご存知なければ学んでください。→対レイシスト行動集団、通称シバキ隊
孔明への過激な悪口を書き込んでいる人たちにはこのようなシバキ隊の構成員も多いので、暴力加害が日常茶飯事なのです。
また、パクりで有名な歴史捏造サイトも沖縄で反日活動をしている団体のようですね。犯罪行為など日ごろから当たり前に行っている団体ですから悪びれない。弁護士も左翼で犯罪をもみ消すために雇われていると思われます(このような弁護士を「左翼弁護士」といいます。左翼団体の犯罪をもみ消すために司法に食い込む者たち)。

諸葛亮は日本人に転生していた

ではいったいなぜ在日の方々は、孔明を「日本人」と見て憎悪をぶつけているのでしょうか?

その理由を知るためには、日本と東アジアの近現代史を知る必要があります。

かつて日本人は諸葛亮を「我々の先祖」と呼んでいた

このことは私も知らなかったのですが、江戸時代から昭和初期までの日本人は孔明を「我々の先祖」と呼んでいたそうです。

DNA的な話として「孔明は日本人の祖先だった」と妄想していたわけではありません。
この点は朝鮮の人々が「曹操のDNAは朝鮮人。曹操は我々の祖先だ!」と言い張ることとは違いますので、誤解なさらないように。

ただ史実における人格的な面から、「諸葛亮は日本人っぽい」と感じて共感を覚えた日本人が多かったという話です。

どうやら孔明の控えめで質素、大人しい感じが「中国人というよりは日本人みたい」(苦笑)と思われたようです。さらに忠義をまもり君主への敬愛を忘れなかった態度が、『忠臣蔵』好きな日本人のハートをつかんだ様子。

江戸時代から孔明を主人公にした数多くの演劇(歌舞伎)が上演され、孔明は悲劇のヒーロー?として人気を博していきました。
特に土井晩翠『星落秋風五丈原』は大ヒットし、判官びいきとしては源義経に並ぶ人気を獲得したらしい。外国人が、あの源義経に人気で並ぶとは大変なことだったと思います。

そしてついに日本人は、
「孔明は、眞に我國の先祖としか感じられない」
とまで言うようになります。
※ここまでの話の出典は当記事後半に記します

こうして本質的な意味で、諸葛亮は日本人に転生することになったのでした。

〔補足〕現実に孔明は「日本人っぽい」性格だったのか?

史実の諸葛亮が近現代の日本人のような性格だったかどうかについては、私は疑問に思っています。

確かに大人しめな性格、責任を一人で背負い込み“過労死”したなどの点はいかにも日本人らしい。

しかし合理・現実主義の思考パターンは日本人とは本質的に異なると思います。それどころか東洋的ですらなく、(不思議なことですが)西洋的とも言えます。

たとえば名誉には背を向け、華々しい活躍や玉砕には無関心、ほぼ事務的な軍隊の動かし方をしています。兵站が途切れたならすぐさま大軍を引き上げさせた。一兵でも失うことを恐れ、“命”を守るための工夫をあれこれ考えている。このような合理につながる戦闘手法は西洋的と言え、東洋ではめずらしいタイプだったのではないかと思います。

また法律に関しては不思議と西洋的な意味での「法治」を行いました。民ではなく権力者を縛るための「法的精神」を持つのも、東洋ではめずらしい。(管仲など実務では存在しないこともないですが)

史実の諸葛亮:

孔明ってどんな人だったの?に回答。諸葛亮の実像・性格分析【年表あり】

 

兵站を無視した楽観主義で「餓死しても任務遂行しろ」と言う、名誉を重んじた華々しい玉砕を求める……そんな近代日本人とは、諸葛亮はとうてい話が合わないだろうと思います。と言うより意見が対立して大喧嘩になりそう。徳川家康がいれば話が合いそうですが。

現代日本に諸葛亮が生まれても、“変わり者ギフテッド”ですから個性的な人間を許さない日本社会では浮いてしまって孤独を感じるだけです。

なかなか東洋では生きづらいタイプ。だからこそ、東洋で目立って有名になったのではないかと考えています。

ともあれ、求められて日本人に転生したのならば諸葛亮も日本のために尽くすでしょう。誠実な人々が存在する限り。

諸葛亮が「反日シンボル」となった経緯

ここからは少し悲しい歴史です。

日本における人気を獲得した諸葛亮は、やがて国家の政治に利用されることになってしまいました。
大日本帝国が、臣民教育(忠実に国の言うことを聞く民を育てる教育)のために孔明を教科書に載せたのです。

もともと主君と国に忠義を尽くしたとされる孔明は、「儒教らしい人物」というイメージを持たれているようです。
本土の中国でも諸葛亮は「儒教を体現した人物」として扱われてきた歴史があります。だからこそ共産党の文化破壊ターゲットとなり誹謗中傷されているのです。
日本においてはなおのこと、儒教を学ばせるために孔明ほど分かりやすいイメージはなかったでしょう。

こうして、孔明は日本における臣民教育のシンボルとなりました

太平洋戦争前~戦時中の臣民教育が強化される時期には、孔明は「大国へ立ち向かう日本」のイメージを投影されて戦争シンボルに掲げられたようです。実際は、戦争シンボルに掲げようとしていたところで終戦となり、一般にはほとんど浸透しなかったようですが。
(孔明が虐殺の看板に使われることはなかったようで、私は個人的にホッとしています)

戦後、臣民教育につながる話は教科書からカットされました。
このため学校の教材から孔明の名は完全に消え、三国志も学校で学ばれることはなくなりました。
アメリカナイズされた日本のなかで儒教文化も廃れていき、親が中国史好きでない限り『三国志』を知る機会もなくなったのです。

たとえば私などは高校生になるまで「孔明」という名を見たことも聞いたこともありませんでした。
※筆者の年代はプロフィール参照
そのうちゲームで『三国志』が発売されたために、我々よりも年下世代の人たちは少し三国志人物名を知っているようですが、歴史ゲームに興味がなければ知る機会すらないでしょう。今も「三国志人物名を一人も聞いたことがない」という日本人がけっこう多いのではないでしょうか?

しかし、『三国志』と諸葛孔明の名を忘れなかった者たちがいます。
それが日本に恨みを持つ外国人の方々です。

日本を憎む外国人にとって、戦争中に大日本帝国が「臣民教育のシンボル」として掲げた孔明は憎しみの対象でした。
また、「眞に我國の先祖としか感じられない」と日本人が呼んだ諸葛亮は、まさに日本人のシンボルそのものでもあったのです。

こうして彼ら(彼女ら)の反日活動の一つとして
「諸葛孔明の貶め・歴史捏造による誹謗中傷活動」
が指示され行われているわけです。

アンチ孔明の話しぶりに異常な憎悪が含まれ、史実を無視あるいは作り話をしてまで貶めようとするのは、このような民族憎悪があるから。そう思えば謎が解けるでしょう。
「自分とは関係のない古代人物をどうしてそこまで憎悪するのか…? この人たちは発狂しているのでは!?」
と思ってしまいそうになりますが、お薬では治せない病なので病院へ連れて行っても無駄です。

日本人代表として、昭和天皇と同じ目に遭っている諸葛亮

このような経緯をお話しすれば、私が
「孔明は今、昭和天皇と同じように反日ターゲットとなり誹謗中傷を浴びている」
と述べる理由を少しは分かっていただけるのでは。

もちろん昭和天皇と諸葛亮を同列に並べるつもりはありません。
ただ、規模は違えど悪口のターゲットにされた経緯は昭和天皇と同じである、と述べているだけです。

あいちトリエンナーレ2019年で行われた、人間の仕業とは思えない昭和天皇や東北の被災者に対するえげつない誹謗中傷は記憶に新しい。
それと全く同じことが、『三国志』でも諸葛亮に対して行われているわけです。
つまり諸葛亮は日本人の代表として誹謗中傷のターゲットになっている。

昭和天皇に対する中傷なら右翼の人たちが怒りの声を上げます。
しかし諸葛亮には、守る側の勢力がありません。右翼の方々から見れば諸葛亮は「ヘイト対象の漢民族」の先祖に過ぎないからです。それどころか、喜んで一緒に諸葛亮の悪口を言っている右翼もいます。それは自分たちへの悪口なのだとも知らずに、敵と手を結び自分への罵倒語を叫ぶとは愚かなことです。

「別に、外国人のことなのだから悪口など放っておけばいい。歴史なんか、作り変えられてもどうでもいい」
と思われるかもしれません。
私も諸葛亮一人への悪口なら放置していたのですが、事はそれほど単純ではなかったのです。

諸葛亮への中傷は、日本人全体への攻撃として行われています。
蜀への中傷は、日本国そのものへの攻撃として行われています。
最終的なターゲットは今・ここの日本人と日本国、日本文化です。

だから我が身への攻撃と思って防御しなければなりません。
どうか日本の三国志ファンの皆様にはこの現状に気付いて、立ち上がっていただきたいと願います。

具体的な防御の方法は、真実の歴史を叫ぶこと。敵の誤りを指摘することです。相手が論理の通じない異常者だからといって黙ってしまえば思うツボ、議論を眺めている人のために本当の話を叫び続けなければなりません。

諦めないことです、黙らないことです。
サイレント・マジョリティー(物言わぬ多数派)こそ最も罪であることを知ってください。

出典引用

江戸時代~昭和初期における諸葛亮の扱いについては、こちらの記事が詳しい。
当記事の裏付けとしてまとめ、出典引用させていただきます。

『日本の先祖に!?なぜ諸葛亮(孔明)は「明治の偉人」になったのか』箱崎 みどり著

明治時代、諸葛亮がスターになった経緯と同情心

日本人が孔明好きになった経緯を上記事からまとめ。

1.江戸時代では性的フィクションで遊ばれてもいた三国志人物だが、富国強兵の明治時代に入るとガラッと扱いが変わった。
2.明治時代に「スポットライトが当たるのは、諸葛亮(孔明)。明治時代から戦前にかけての『三国志』は、孔明の独擅場と言っても過言ではありません。…教科書にも取り上げられたのです。」
3.教科書では演義の「赤壁戦」は取り上げられなかったが、「孔明ハ沈着ニシテ、機ニ臨ミ、變ニ応ジテ、智謀百出セリ」としてスーパー軍師のイメージをなぞった。
4.さらに孔明を日本のスターとすることに一役買ったのは土井晩翠『星落秋風五丈原』、判官びいきの表現で人気となった。

もう少し詳しく引用。

近代日本で評伝になった三国時代の人物は、孔明しかいません。近年は、曹操や劉備のものも出てきましたが、孔明の評伝は、数も歴史の古さも、群を抜いています。
明治30(1897)年に発行された内藤虎次郎『諸葛武侯』から昭和17(1942)年の太田熊藏『諸葛孔明傳』まで、以下のように、少なくとも10作品もあるのです。
1 内藤虎次郎『諸葛武侯』(東華堂、1897年)
2 安東俊明『孔明』(世界歴史譚第14編、博文社、1900年)
3 西脇玉峰編『諸葛孔明言行錄』(偉人研究第29編、内外出版協會、1908年)
4 吾耻庵主人『我愛する偉人』(敬文館、1911年)
5 白河鯉洋『諸葛孔明』(敬文館、1911年)
6 杉浦重剛・猪狩又蔵『諸葛亮』(偉人傳叢書第1冊、博文館、1913年)
7 安岡正篤「王佐の偉人 諸葛孔明」(『東洋思想研究』第12册、1924年)
8 中川重編「諸葛孔明」(『偉人』第9巻、第5号、日本社、1930年)
9 宮川尚志『諸葛孔明』(支那歷史地理叢書8、冨山房、1940年)
10 太田熊藏『諸葛孔明傳』(山水社、1942年)
…(略)…
なぜ、他の人物ではなく孔明だけが人気を博したのでしょうか?
…(略)…
私は、孔明の生涯が教育的・啓蒙的に見えることもポイントになったのではないかと思います。
例えば、『三国志演義』を改訂した毛宗崗は、特に優れた登場人物「三絶」として、曹操・関羽・孔明の名を挙げているのですが、この三人の中で、青少年に教えその目標にするとしたら、孔明しかいないのではないでしょうか。
曹操は、当時悪玉で、まず教科書には向きませんし、曹操の言動を学んだとしても、皆が曹操のような人物を目指したら、社会が混乱してしまいます。曹操的な人物は、信長だけで十分。
関羽は、武将ながら読書もし、忠義に篤いイメージですが、武による活躍がほとんどで、晩年の呉との外交的な失敗はその身を滅ぼしてしまいます。
…(略)…
中国の偉人である孔明は「臣道実践と職域奉公に生き拔いた人物」であり、和気清麻呂、楠正成と並び、執筆当時の日本で検討するべき人物だとし、大東亜戦争で活躍する同胞に孔明の精神を伝えたいと綴られます。
文学や歴史は戦争に利用されてしまうことがありますが、ここでの孔明も、戦争を前に特異な役割を与えられてしまっています。

日本人の先祖となった諸葛孔明

弁護士である太田熊藏の『諸葛孔明傳』は、真珠湾攻撃の翌年、昭和17(1942)年に発行されました。
「序」によれば、元々非常時に何か遣りたいと思い執筆に取り掛かっていたが、アメリカとの開戦を告げた「宣戦の大詔」によって一気呵成に筆を進めたといいます。戦争を前にした孔明伝なのです。
孔明を知ることで中国の歴史の一端を知り、更には東亜に関する認識を深めることができると書かれていて、日中戦争、太平洋戦争中という時代を映しています。
「序篇」では、日本と孔明のつながりを強調。日本で孔明がいかに馴染み深い存在であったかを振り返り、孔明の人格を紹介して「眞に我國の先祖としか感じられない」と述べています。日本の先祖のような、中国の偉人という、不思議な扱いを受けるのです。

土井晩翠『星落秋風五丈原』

参考までに『星落秋風五丈原』を引用しておきます。

一、祁山悲愁の風更けて 陣雲暗し五丈原
令露の文は繁くして 草枯れ馬は肥ゆれども
蜀軍の旗光無く 鼓角の音も今しづか
丞相病あつかりき 丞相病あつかりき

二、清渭の流れ水やせて むせぶ非情の秋の声
夜や関山の風泣いて 暗に迷ふかかりがねは
令風霜の威もすごく 守る諸堂の垣の外
丞相病あつかりき 丞相病あつかりき

三、帳中眠かすかにて 短檠光薄ければ
こゝにも見ゆる秋の色 銀甲堅くよろへども
見よや侍衛の面かげに 無限の愁溢るゝを
丞相病あつかりき 丞相病あつかりき

四、風塵遠し三尺の 剣は光曇らねど
秋に傷めば松柏の 色もおのづとうつろふを
漢騎十万今更に 見るや故郷の夢いかに
丞相病あつかりき 丞相病あつかりき

五、夢寝に忘れぬ君王の いまはの御こと畏みて
心を焦し身をつくす 暴露のつとめ幾とせか
今落葉の雨の音 大樹ひとたび倒れなば
漢室の運はたいかに 丞相病あつかりき

六、四海の波瀾収まりて 民は苦み天は泣き
いつかは見なん太平の 心のどけき春の夢
群雄立ちてことごとく 中原鹿を争ふも
たれか王者の師を学ぶ 丞相病あつかりき

七、末は黄河の水濁る 三代の源遠くして
伊周の跡は今いづこ 道は衰へ文弊れ
管仲去りて九百年 楽毅滅びて四百年
誰か王者の治を思ふ 丞相病あつかりき

拓殖大学学友会ホームページより引用

 

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