共産主義者が虐殺する理由と、対抗する方策を提言【共産社会主義の分析2】

共産主義者が虐殺する理由と、対抗する方策を提言【共産社会主義の分析2】

前回記事では共産社会主義者(左翼)たちの犯罪を実例でご紹介しました。

今回は後編として、

「共産社会主義者たちは何故、息を吐くように嘘をつくのか?」

「共産主義者の集団や共産国では何故、暴力が日常となりお互い殺し合うようになるのか?」

という根本疑問への回答を試みたいと思います。

 

〔お断り〕

  1. この記事では極力シンプルに思想の構造だけ指摘することを目的とし、表層の議論(経済議論)は省きます
  2. 筆者は特定の宗教団体に与する者ではありません。日本人である筆者が信仰しているのは東洋の一般的な道徳と、仏教および神道です。

 

前回記事:

息を吐くように嘘をつき人を殺す共産主義者【共産社会主義の分析1】

 

共産・社会主義とは何か

まず、基本中の基本をものすごく簡単にご説明します。

共産主義(きょうさんしゅぎ)」とは何でしょうか?

これは表向き、共(とも)に産むという言葉通り、皆で一緒に生産して平等に分配しようよ! という思想です。

似た言葉の「社会主義」は共産主義と厳密には少し違うのですが、現在ではほぼ同じ主義思想を指す用語として使われています。当ブログでは一括して“共産社会主義”と呼ぶことにしています。

用語定義はこちら

 

共産主義体制では皆で生産して全員で分けるのですから、経済格差が無くなるはずだと説かれます。つまり、金持ちも貧乏人もいなくなる平等な社会が実現するだろうということです。

これは“機会の平等”に対立する“結果の平等”という考え方。人間の努力なんか関係ない。がんばって働いた人も怠けた人も、才能ある人も無い人も、善良な人も犯罪者も、全員が同じぶんだけもらえて食べていけることになります。

怠け者にとってはまさに理想世界と言えるでしょう。

もしそれが本当に叶うなら誰も飢えて死ぬ人などいなくなるし、差別もなくなるはずです。

なんて素晴らしい!! ……と、思いますよね。

かつての若者も皆、素晴らしい思想だと信じて共産主義に熱中したのです。そして幾つかの国では革命が起きて現実に共産国家が造られました。たとえばソビエト連邦(今のロシア)、中華人民共和国などです。

 

結果はどうだったでしょうか?

皆が平等になり差別もなくなり、誰もがお腹いっぱい食べて幸福に暮らしていく素晴らしい理想国家ができたと思いますか?

答えは、正反対でした。

現実の共産国家に平等など微塵もなく、共産党エリートを頂点とした完全ヒエラルキーの格差社会となりました。

そして人権を完全に奪われ奴隷となり、虐げられた国民たちは餓死したり虐殺されるなどして大量に命を失いました。

前回ご紹介した『共産主義黒書』によれば、共産国の権力者たちはナチスを遥かに上回る1億人以上を殺したと推測されています。現実はもっと多いでしょう。

何故、共産主義国は失敗したのか? という問いには
「結果の平等だから皆が怠けてしまって貧乏になったのだ」
と説明されることが一般的です。がんばっても怠けても皆が同じ分しかもらえないのだとすれば、ほとんどの人は働かなくなってしまう。このため共産国は極貧になって、皆が飢えて死んでしまうのだという説明です。

確かにそのことも問題なのですが、もっと問題なのは共産国がほぼ100%大量虐殺を起こすことでしょう。

人類史上最悪の虐殺を起こし続けている殺戮プログラム、それが共産主義。ですが、何故そうなるのかには誰も明確な回答を出していません。

「正義が暴走して人を殺したのだ」

「だから正義を唱えることは悪なのだ」

などと、曖昧でぼんやりとした説明がなされることが多いはずです。※

しかしただ「正義が悪い」と言うだけでは、共産思想のみが突出して大量虐殺を起こしていることの説明にはなりません。人類史を眺めれば、正義を掲げて戦った人たちが狂ったように自国民を大量虐殺し続けることなど滅多に起きてはいないからです。

これはやはり「正義」などではなく、共産主義思想のほうに構造的な要因があると考えるのが当然でしょう。

次の項目から、その構造を読み解いていきたいと思います。

※「ソヴィエトや中国では正義が要因で大量殺戮が起きた。正義こそ悪だ」と説明しているのは、たいてい共産主義者たちです。彼らはその国々でたまたま正義が暴走したのだと主張するだけで、決して共産主義思想が要因なのだとは言いません。そのように主張し共産主義そのものの欠陥から目を逸らさせることが目的。また、「正義」という言葉・概念を地上から抹殺することが狙いなのだと言えます。

プログラムとしての骨組みを見る

共産社会主義思想がどのように生まれたのか? という興味深い話は後回しにして、先に思想の基本的な骨組み(構造)から見ていきましょう。

経済思想として世に出され、未だに経済学だと信じられている共産社会主義ですが、実はそんな話は表層のまやかし。ぬいぐるみの表皮と綿のようなものです。

この思想が何をもたらすか――

つまり何を目的として組まれたプログラムなのか読み解くためには、偽善的なぬいぐるみを剥ぎ取って骨格だけ観察する必要があります。

 

共産主義の正体は一神教カルト宗教である

共産主義の根っこにあるものは何であるのか?

この問いの答えは、実際に共産主義者(左翼と呼ばれる人々)たちの言動をよく観察すれば直観的に理解できるはずです。

本性は名前ではなく、行動に現れるもの。

 

〔共産社会主義者の特徴〕

・狂信的に理想を信じている

・理想実現しなければ人類滅亡するなどの終末論を抱く

・理想を実現するために平気で嘘をつく、歴史捏造する

・家族や友人といえども他者の批判は一切聴かない、ああ言えばこう言う

・国家や社会を破壊しようと目論む

・批判者や自分たちの邪魔になる人たちをポア…皆殺しにする

 

…この言動、何かに似ていると思いませんか?

答えはカルト宗教団体の信者です。※

日本人で1995年に物心ついていた方なら地下鉄にサリンをまくというテロ事件を起こした「オウム真理教の信者にそっくり!」と答える人が多いのではないでしょうか。欧米人でしたら、集団自殺したカルト宗教団体の信者たちを思い浮かべることでしょう。

そのイメージこそが大正解。

実は、共産社会主義の本質はカルト宗教なのだと言えます。それも一神教の最凶カルトです。

※ここで使っている“カルト”とは俗語の狂信的な団体の意味。本義の儀式という意味は含みません。

 

共産主義体制の構造はキリスト教からそのまま盗んだ

何故このように述べることができるのか。

歴史背景は後で書きますが、共産社会主義の構造は、キリスト教からそのまま盗んだだけの一神教だからです。

図示すると以下のようになっています。

旧キリスト教体制:一点の神を頂点とした完全なるヒエラルキー(階級)。人民が神の奴隷となった独裁支配の構造です。

 

レボリューション(共産革命)後:まず最下層の弱者をテコとして暴動を起こし、ヒエラルキーを反転させます。最下層がトップに来たところで旧体制に関わる人々を皆殺しにし、神の権威を失墜させ、そのまま神の権力構造を奪い取ります。強力な一党独裁支配の完了。こうして人民は新たな神である共産党に支配された、「階級なき社会」での奴隷となります。(現実には奴隷の間でも党に“格付け”されて、新たなヒエラルキーが造られていきます)

共産主義は構造が一神教カルトだから嘘をつき、虐殺する

共産主義者が100%虐殺する理由は、まさにこの根本構造――一神教カルトにあります。

一神教は元々、多民族国家をとりまとめる目的で生まれました。※

始めから独裁支配を目的として生まれたのですから恐怖支配を敷きやすく、排他的で、異教徒または異民族を100%虐殺するプログラムとなっています。

※一神教のルーツはエジプト、アクエンアテンとされてきましたが当時はまだ異教徒の処刑までは行われていなかったため、近年では「拝一教」と呼ばれているそうです。侵略と独裁支配のため一神教をもとに緻密なプログラムを組んだのはやはり、古代ローマ教会でしょう。

また自分たちが「神」を代行していると信じているため(共産主義者は平等社会実現という理想の実行者であると妄信)、目的のためならどのような嘘もつき、どのように残虐なことでも行うことができます。

歴史捏造まで平気で行ってしまうのは、「神の子」である自分たちが造り変えれば過去の歴史も書き換わると本気で信じているからです。この現実無視、思い込みだけで天国も支配しているつもりになってしまえる狂信的な独善性こそ、カルト宗教ならではの性質と言えます。

そしてこの独裁プログラムは国民を弾圧するので、国家は必ず衰退していきます。それで周辺諸国を侵略して富を吸い上げるという自転車操業の覇権主義に結びつきやすくなります。実際、キリスト教もかつては他国を侵略して凄惨なジェノサイドを繰り返してきました。

【参考】Wikipedia キリスト教徒による宗教的迫害

現代のキリスト教は民主主義の影響を受けて穏健化していますので、私は宗教差別をするつもりは毛頭ありません。ですが虐殺は歴史事実です。一神教の本質構造が独裁・侵略・虐殺を目的としたプログラムであるということも、否定できない現実でしょう。

今現在、中国共産党が覇権主義に目覚めて虐殺を繰り返しているのは、一神教プログラムである共産主義を実行しているだけなのだから当然だと言えます。

さらに共産主義だけに特徴的なことを述べれば、神の座に立つのは人間を超越した存在ではなく「物神」となったので、誰もがトップの座を奪う可能性を持ちます。このため内部ゲバルト(共食い)が止まらず、最後の一人になるまで殺し合うことになるのです。言わば安倍晴明の「蟲毒」という呪術のようなものです。

 

外皮を形作る骨組み

では次に、この破壊と独裁支配を成功させるための具体的なプログラムを見ていきましょう。

共産社会主義は、次のような基本的なプログラムで構成されています。

1.唯物思想

共産社会主義は、「唯物思想」という哲学の考えをベースとしています。

唯物(ゆいぶつ)」とは「唯心(ゆいしん)」の反対にある概念。

簡単に言えば、神様や霊魂・精神・心など目に見えないものを否定し、唯(ただ)物(もの)だけがこの世界をつくっているという考え方です。

唯物思想のもとでは神様が否定されます。

と言うのは建前で、キリストなど既存の神の代わりに「物神」が顕現することになります。

共産主義では前項の図通り、共産党という物神がキリスト教の神を殺し、権力の座を奪い取ることによって短期間で革命を完了します。

この「物神教」は絶対的で排他的な一神教。自分を信じるよう強制することにかけては、人類史上一厳しい神様です。

一神教らしく、他の全ての宗教を異教徒として否定し禁止します。異教徒は残酷な形で殺されるか、強制収容所へ放り込まれて拷問を受けます。つまり異教徒の弾圧が行われます。

死後の天国や地獄を信じるなどの個人の素朴な考えを含めて、物神以外の一切の信仰心が否定されることになります。

さらに心までも否定されるので、当然、心に基づく道徳も否定されます。西洋で言えばギリシャ以来の「真善美」が否定されましたし、東洋でも孔子の説いた「仁・義・礼・智・信」が否定されました。

心を取り除いた人間はロボットと同じ機械とみなされます。肉体はもちろん感情についても、「感情は全て脳で起きている肉体反応に過ぎない」と物理的にのみ考えます。

(「感情とは100%脳の反応に過ぎない。心など存在しない」と主張する学者は共産国以外にも大勢いますが、この人たちも実は全てホッブス以降の唯物主義を信奉する信者なのだと言えます)

たとえば映画を観て感動することも、恋愛感情を持つことも、親子の情を持つことですら「脳という機械の誤作動」として解釈されます。

幼い子供が目の前で親を殺されたのを見てショックで泣きわめけば、「脳が弱いから泣くのだ。脳が故障している、この人間はダメな機械だ」という理由で殺されるということになります。現実にかつて共産国だったソ連や文化大革命時代の中国では、「家族を愛した」「感情を持った」という理不尽極まる理由でたくさんの人が処刑されました。

何故、物神様はこのような残虐なことをなさるのか?

人間の心を奪って“肉のロボット”化することで、反抗する意志を奪い、完全に服従させ奴隷・家畜として扱うことができるようになるからです。

やはりこれも古い時代にキリスト教が行った独裁支配の手法です。人類を「迷える子羊」と呼んで家畜化したあのやり方を、「物神=共産党」に替えて再現しているだけに過ぎません。

2.二元論と階級闘争

共産社会主義は、「階級闘争(かいきゅうとうそう)」という考え方のもとで生まれました。

これは世の中を「支配者」と「被支配者」という二つに分けた、二元論が基本となっています。

正確には

王・教会・貴族・市民資本家(ブルジョア)・労働者(プロレタリアート)

という幾つかの階級に分かれていると説かれるのですが、すべて下の階級の者は上の階級の者に支配され抑圧されているため憎悪が溜まっており、その怒りのエネルギーを梃子として上を倒すのだと説明されます。そして最後には一番下の階層の者、プロレタリアートが世界を支配して階級が無くなり永遠に続いていく。なお、もちろん自分たち共産社会主義者はプロレタリアートに属するとされます。

これが階級闘争によるRevolution(レボリューション)※。

全て「下が上を覆す」=上下反転という二元論の戦い。ひどく単純化された考えと言えます。

↓反転 Revolution↓

この二元論こそ、東洋の革命との根本的な違い。

反転を意味する“Revolution”と「命を革める」革命とでは意味が全く異なります。だから上で※印したドイツ語“Revolution”を、東洋語において「革命」と訳したのは大きな誤りです。

確かに中華でも革命とは形式上、「民が支配者の暴虐に怒りを抱えて」上を倒すために起こされることが多いでしょう。しかしそれは単純な二元論の反転行為ではありません。

下図のように円形で表される複雑系の思考が東洋人の考え方です。キリスト教の支配以降、長いこと独裁神の奴隷だった西洋人とはここが根本的に異なります。

陰陽五行図

単純な二元論では反転が永久に繰り返されるだけ。

反転は容易なので、残虐な抑圧によって人民の反抗意志を奪う恐怖支配がどうしても必要となってしまうのです。

3.独裁、全体主義

共産社会主義は、独裁・全体主義と不可分(分けることができない)です。

現代では、「民主社会主義」などという意味不明の看板を掲げて「自分たちは自由主義者だ」などと名乗る左翼が多いのですが、完全に嘘ですから騙されないように。

共産社会主義の体制をとるなら必ず独裁・全体主義となります。

冒頭に書いた通り、このことは共産主義のベースとなっている一神教の構造ですので、共産社会であるかぎり決して全体主義から離れることはできないと言えます。

したがって、共産主義者の自己弁護としての

「自分たちは悪くない、共産思想は害悪ではない、悪いのは全体主義・ファシズムなんだ!!」

という言い訳は意味不明で全く通用しません。

 

共産社会主義が生まれた歴史的背景

前項で「共産社会主義は唯物思想だから神が否定され、すべての宗教や信仰が禁じらる」と書きました。

それなのに共産社会主義を「宗教」と呼ぶのはおかしいではないか……、このように考える人は多いかもしれません。

共産社会主義者たちも、自らがカルト信者と呼ばれることに断固抵抗するでしょう。

しかし歴史の背景を知れば、共産社会主義者の正体が宗教であることが理解できるはずです。

「共産社会主義は一神教の転化である」という話を裏付ける経緯

ちょっと長くなりますが、共産社会主義の源となる時代背景を観ていきましょう。

マルクスが共産主義を発明したわけではない

現代で「共産社会主義」と言えば、おおむねカール・マルクスが著した『共産党宣言』『資本論』を指します(どちらもエンゲルスとの共著ですが『共産党宣言』はマルクスの思想が強い)。

マルクス思想には後世様々な修正主義が出されますが、ベースはマルクスの思想から大きく離れることはないと言えます。このため現代では、「共産社会主義の始祖はカール・マルクスである」と言えば正しくなります。

ただし共産主義はマルクスがたった一人で発明した考えではありません。マルクスが哲学に目覚めた青年時代にはすでに欧州で流行していた思想でした。

民主主義は神への反抗として生まれた

もともと18世紀フランス革命の起爆剤となった欧州の民主主義は、キリスト教会支配への反抗として生まれたものです。

マルティン・ルターの宗教改革などをきっかけとし“個人性”に目覚めた人々は、抑圧から解放されたいと叫んで、神の権利を代行する政権を倒すレボリューションを起こした。これが欧州レボリューションの本質と言えます。

つまり西洋には予め

神 VS 人間

という二極の対立構造があったから民主主義が爆発したわけです。

東洋人の我々にはキリスト教支配によって奴隷化された生活がどれほど悲惨なものか、感覚的に理解できません。だからフランス革命も東洋的な“革命”(王様・皇帝を倒すこと)として翻訳してしまいがちです。しかし西洋人の最終的な敵は人間の権力者ではなく、天上に君臨する神※だったのでした。

※喩えではなく本気の話です。西洋の人々は現実に存在する権力者として本気で神を殺そうと考えました

フランス革命の時点では、さすがにまだ神を殺そうと本気で考える人は少なかったようです。神そのものよりも、神と人間との媒介として私腹を肥やしていた教会・王侯貴族を憎んだ人が多かったでしょう。

ところが自由の味をしめた人々はそのうち「全ての自由を得たい」と思うようになり、本気で神を殺すことを計画するようになりました。その自由主義の若者たちが飛びついたのが、欧州市民の間で流行していた悪魔崇拝です。

欧州を席巻した悪魔崇拝

悪魔崇拝は“裏のキリスト教”として欧州で密かに信仰されていた一種の宗教です。

小児性愛やレイプ、拷問、生贄、人肉食…などなど残酷でオカルト的な儀式を行う集団だとされています。

日本ではフリーメイソンやイルミナティの陰謀論と結び付けられ
「世界中の悪事はイルミナティが行っているのだ! コロナも白人種による人口削減計画なのだッ!! ドドーン」
などと語れることが多いのですが、そのような一団体に罪を押し付けられるような狭くて単純な話ではありません。

コロナが白人種による人口削減だと言われるわり死んでいるのは白人ばかり… こんな矛盾だらけの嘘話が世界中で拡散されている真相についてもいずれ考えたいと思います)

かつては“表のキリスト教”こそ「神の名において」残酷極まるジェノサイドを行っていました。

再び述べますがこれは宗教差別ではなく歴史事実です。参考ページへリンクしておきます。

【別サイト様参考】キリスト教社会の闇 アーカイブ

引用:

宗教に起因する戦争は多数ある。宗教をめぐっての争いは絶えなかった。しかし、そのほとんどがヨーロッパ周辺で起き、しかもキリスト教をめぐってのものであったことを歴史は示している。大別すれば、一つは異教(徒)を弾圧・排除するための戦争であり、もう一つは「権力装置」としてのキリスト教(教会)に対する、いわば反乱の戦いである。

ユダヤ教の成立とほぼ同時期に出現した仏教、ヒンズー教、あるいは紀元7世紀に登場するイスラム教などの生成・発展の過程にも、この種の争いが皆無であったとはいえないが、その独善性、排他性の激しさにおいて、キリスト教のそれは言語を絶するものである。

この通り、かつては侵略とそれに伴う蛮行こそが一神教の目的であり、本業であったと言っても過言ではないでしょう。

しかし“表のキリスト教”である教会では庶民に善行を教えているため、しだいに堂々と虐殺を愉しむことができなくなってきました。魔女狩りまでは「神の名において」堂々と表で蛮行にふけることができたのですが、妻や娘たちを連れ去られ惨殺された“奴隷(一般庶民)”たちの間で鬱憤が溜まり始めました。

それで快楽殺人教団のトップたちは地下室に篭もり、“裏のキリスト教”となって形式上は悪魔※を崇め、拷問やレイプ・虐殺を愉しむことになったわけです。

このおぞましい趣味は中世までは王侯貴族の愉しみだったのですが、フランス革命以降、「自由」の波が悪魔崇拝をも庶民へ解放しました。

※歴史的に正しい「悪魔」の概念はキリスト教が異教を弾圧、誹謗中傷するために流したネガティブプロパガンダです。たとえば、バフォメット(山羊)と逆五芒星は、イスラム教のマホメットを誹謗中傷するためにばらまかれたプロパガンダであると考えられています。ただし中世以降の「悪魔崇拝」は異教徒ではなくキリスト教徒自身が行った“裏のキリスト教”の意味になるでしょう。

尖った若者のファッションだった!? 19世紀の悪魔崇拝

18~19世紀頃の欧州では、民主レボリューションによって市民の地位が高まり、かつて貴族だけの趣味だった悪魔崇拝が庶民の間に広まったようです。

特にこのとき、民主主義を信奉していた若者の多くが悪魔崇拝に近付いて行っています。

 民主主義信奉者=悪魔崇拝者

とは意外な組み合わせだと我々は感じてしまうのですが、当時の哲学を理論的に考えれば当然の流れでした。

何故なら上で書いたように、民主主義レボリューションは“神VS人間”の二極の対立という思想から生まれた活動だったからです。

肉のロボットである人間が神の支配から自由になるためには、神を殺さねばなりません。そのため民主主義を唱える若者たちは必ず「無神論」とならなければならないという理屈になります。

19世紀、民主を唱えるインテリの若者たちはみな無神論者を名乗りました。なかでも過激な若者たちは神を殺すために悪魔崇拝の集団へ近付き、「自分は悪魔崇拝者である」と堂々宣言しました。

悪魔という地獄の神を崇拝している時点で「お前たち無神論者ではないだろうが」と突っ込みたくなりますが、欧州人の感覚ですとキリスト以外の神を信じることは「無神論者」ということになります。(西洋人にとって神とはキリストしか存在しないことになっているので)

こうして当時、自由と民主主義を唱える若者たちが悪魔崇拝の集会に参加することが流行しました。若者たちの間で「自分は悪魔崇拝者である」と名乗ることがカッコイイという雰囲気だったのでしょう。

若者が飲み屋の地下で参加できるような集会だったのですから、おそらく中世の悪魔崇拝ほど過激な儀式は行っていなかったのではないかと思いますが、残虐行為を肯定する過激な言論が交わされていたことは想像に難くありません。

この頃の悪魔崇拝思想を色濃く反映した哲学書が、ニーチェ『ツァラトゥストラはかく語りき』等です。神は死んだ!と叫び、肉の快楽を賛美する超人(物神)が語るという不気味な内容ではありますが、当時の哲学界でニーチェは「神を殺した英雄」として称えられました。神学の呪縛を解いたという功績は確かにあります。

アイデンティティを潰され、世界破壊と神への復讐を誓ったマルクス

そんな時代の悪魔崇拝に熱中した若者の一人が、後に共産主義の始祖と呼ばれるようになるマルクスでした。

ユダヤ人だったマルクスは幼い頃、父親が生活のためにキリスト教へ改宗。マルクス自身もユダヤ教を棄ててキリスト教へ改宗することを強いられました。これはアイデンティティが崩壊するような体験だったことでしょう。

そのことが原因かどうかわかりませんが、マルクスは神を深く恨むようになりました。

そして学生時代に神への復讐を誓って無神論者となり、悪魔崇拝の集団にも入会。「全人類を地獄に引きずり込む」など、神と人類への恨みの言葉を数多く書き残しています。

 

世界を破壊するプログラムとしてマルクスが目をつけた共産主義

長くなりましたがここでようやく共産主義が出てきます。

若い頃に無神論の悪魔崇拝者となり、「神を殺す」「世界をひっくり返す」「全人類を地獄に引きずり込む」と宣言したマルクス。

とにかく世界の全てを破壊することだけがマルクスの目標となったようです。

破壊を果たす手段として考えていたのが国家・旧体制を“ひっくり返す”レボリューションです。始め、彼は民主主義者となりフランス革命のような民主革命で旧体制を破壊するつもりでした。しかしそれでは「民主国家」というものが残り、神も生き延びてしまうかもしれない。

彼は世界を完膚なきまでに破壊し尽くし、この世を地獄化して悪魔へ捧げることを誓ったのですから、市民が支配する幸福な国家が存在することこそ我慢できなかったのです。

そんなときマルクスは欧州で流行していた「共産・社会主義」というものに出会いました。始めは興味を持たなかったマルクスも、よく学んでみると「この新しい経済思想は神から世界を奪う手段として使える」と気付いたようです。

こうして、マルクスは『共産党宣言』にて共産主義による社会破壊の号令を発しました。1848年のことでした。

ポイント:共産社会主義に弱者救済の目的はない

マルクスは弱者救済目的で革命を計画したわけではありません。彼にはプロレタリアート(無産の労働者)たちの貧しい生活への同情など微塵も抱いていませんでした。最下層のプロレタリアートはただ世界をひっくり返すエネルギーとして使われただけです。

つまり物理学に模して単純に、「一番下を持ち上げて反転させるテコの原理」に着目しただけのこと。

これは共産主義者の中に組み込まれているプログラムで、2020年~にもBLMやジェンダー問題など“弱者”を焚きつけて暴動を起こし社会を破壊する、という手法が再現されています。

 

人類は鬼畜プログラムとどう闘えば良いのか

筆者はここで共産主義のルーツが悪魔崇拝だと明かして、「悪魔を駆逐せよ」などと主張するつもりはありません。

そのようなファンタジーを現実世界で述べても無意味だからです。

そもそも私は宗教団体の構成員ではありませんので、悪魔などというものは信じていません。

ただこの人間界に、残虐な行いを本心から愉しむ鬼畜たちが存在するのは紛うことなき事実です。殺人を罰せられる法律があっても快楽殺人を行う最も凶悪なサイコパスは少数ですが、何かきっかけがあれば殺人を愉しむようになる“雑魚の鬼”も大勢潜んでいます。そのような雑魚まで含めれば、人類の50%はサイコパス側だと言えるでしょう。

昔から鬼退治や悪魔祓いなどで語り継がれてきたファンタジーは、このような人間界の現実を投影した喩えの物語だと言えます。

最近では、日本のベストセラーコミック『鬼滅の刃』がこの喩えに相当します。人を主食とする鬼は、人間の姿をして現実に存在するのです。

さて、そんな50%の鬼畜たちが殺人を行いやすくするプログラムが世に登場すると、彼らは喜んでその旗のもとへ集まります。2000年前は「キリスト教」だったプログラムの名は近代「悪魔崇拝」へ変わり、今は「共産社会主義」という名を得て世界中を蹂躙しています。

このように鬼畜プログラムは捕捉されそうになると自在に名を変えていきます。だから「経済思想」「BLM」「LGBT」などの名前に惑わされてはなりません。根本の構造を読んで正体を見抜かなければならないのです。

今後も鬼畜プログラムは様々に名を変えて登場し、人類を喰おうとするでしょう。

そのため対抗する側も表層の議論で惑わされず、根本の防衛プログラムをもって立ち向かわねばなりません。

有効な対処法

では、人類はどのようにしてこれら鬼畜プログラムに対抗すれば良いのでしょうか? 具体的な方策を挙げていきます。

1.道徳の免疫プログラムを取り戻す

古来、人間社会には「道徳」を教える文化がありました。これは体で喩えるなら、凶悪ウイルスの侵入を防ぐ白血球などの自然免疫のようなものです。

東洋で言えば儒教の仁義。西洋で言えば古代ギリシャの真善美などがこれに相当しました。

初期キリスト教も共産社会主義も、鬼畜プログラムが占領を始めようとするときはまず最初にその地の文化を破壊することから始めました。それは原始的な文化に「道徳」が含まれ、独裁支配を阻害すると彼らは知っているからです。

敵が最初に攻めてくる場所が、敵にとって最も都合の悪い要塞なのです。これは戦略の基本。

だから、古来の文化を馬鹿にして打ち捨ててはなりません。それは白血球を自ら殺してウイルスの侵入を歓迎するような行い。自殺行為です。

(もちろん古代文化を全て無条件に鵜呑みにしろということではありませんので誤解なきよう。儒教で言えば、支配のために悪用された過剰な「孝」は偏りを直さなければなりません。ただ、根本の「仁義」は免疫の要ですから決して捨てないように)

先人が遺した自然免疫たる道徳を死守せよ!!

これが、共産社会主義などの鬼畜プログラムから社会を守るためまず徹底すべき防衛基礎です。

2.社会の弱点を直して突破口を塞ぐ

2000年前のキリスト教が破壊思想だったことをご存知でしょうか? 弱者救済を掲げ、社会で虐げられている最も底辺の人々を焚きつけてテロリズムに使い、政府転覆を目論みました。

この手法は近現代、鬼畜プログラムの名が「共産社会主義」となっても変わらないようです。

マルクスは無産者(プロレタリアート)を焚きつけてテロを行わせました。

現代アメリカでも、ANTIFAという極左団体が「黒人が国家に殺された」という自作自演の物語を創り、国家転覆のための暴動を焚きつけています。ジェンダーもそう。環境問題もそう。

鬼畜プログラムは社会の弱いところを見つけては火をつけ、国家転覆のためのテロリズムに用いるのです。

これは攻撃側から見れば戦略として理に適っていると言えます。城壁に穴が開いていればそこを突破口として侵入できてしまうのは当たり前のことです。

ですから、防衛側は城壁の穴を常に点検して塞いでいかねばなりません。

つまり社会に弱者が生まれないように公平な制度運営をしていくべきです。

たとえばマルクスは始めドイツで共産テロを行おうとしたのですが、当時のドイツでは不満を抱えている市民や労働者が少なく、焚きつけてもエネルギー不足で国家転覆に失敗しています。

同じように社会全体で貧困や差別をなくす努力をしていけば、テロが起きてもエネルギー不足で失敗に終わるのです。

よく保守の人々は「貧困者は自己責任だから放っておけ」「LGBTの権利など認めるな」「女は下等な家畜だから奴隷化しろ」などと主張します。そのようなことをすれば共産テロリストにとって好都合な突破口が広がるだけ。国家防衛の観点からは、真逆へ行く方策と言えます。そんな過激なヘイト発言をする人々はいわゆる似非保守で、敵を手引きしている共産主義者たちかもしれません。左翼活動家は右翼活動を兼ねているという話は有名です。

(ただし保守さんたちの「外国人に対する防衛を高めよ」という主張だけは正しいと言えるでしょう。移民を手放しに行うのは絶対に誤り。外国人を大量に入れたならいくら社会保障で差別の穴を防いでも追いつかず、結果として必ず国家転覆します。それはバイデンら米国左翼が行っている計画と同じになります)

貧困層もLGBTも“城壁の穴”だと考え、公平に取り上げて対処していくことが国家防衛と言えます。もちろん国家が衰弱しない程度に、適宜に。社会保障はやり過ぎにならないバランスが必要。

個人的には過去の自民党は比較的にバランス良くこの方策をよく採ってきたと思います(奨学金を用意せず、学力ある貧しい子に“機会の平等”を与えなかった点は大失策として除く)。

元米国大統領トランプ氏も黒人の地位を向上させ豊かにするための政策を行ったので、2020年選挙では黒人有権者からの投票が増え、バイデン氏の思惑をくじきました。そのためバイデン氏は稚拙な不正選挙を行って全世界に恥を晒さなければならなかったのだと言えます(トランプ氏には選挙制度の穴も塞いでおいて欲しかった…)。

人道に立つ政策は国家防衛の要となります。この真理は、古代から変わりません。

3.多神教を復興させる

日本人には「無神論」を名乗る人が多いのですが、大きな勘違いをしています。宗教団体に属さないことが無神論者なのではありません。

ここでご説明した通り欧米で「無神論者」とは共産主義者(唯物思想の持主)を指します。あるいは悪魔崇拝者のことを意味することもあります。だから外国で誇らしげに「私は無神論者です」と名乗ってはいけない、と言われるわけです。

共産主義者を除けば、日本人は「無神論者」ではないでしょう。正月に神社へお参りし、夏には怪談話で盛り上がり、仏教で葬儀を行う普通の日本人は霊魂を信じる「多神教信者」ということになります。

実は鬼畜プログラムである一神教に対抗し得る最強の法は、この「多神教」だと言えます。

神様の姿も数も曖昧で、個人個人が自由に好きな神様を信じる多神教こそ、一神教を消し去る唯一のプログラムです。個人がそれぞれの信仰を抱き意志を持つ社会では、一神教の独裁支配が不可能になるからです。

「人間が本来持つ人権」に目覚めたフランス革命時も、この多神教側へ向かった人びとが現代の自由主義者、民主主義者の先駆者となっています。(共産主義者が偽装のために名乗る「民主主義者」を除く)

一神教にとって最大の敵は多神教。だからこそ昔からキリスト教徒は多神教徒を必死で弾圧してきたのだし、現代でも共産主義者は神秘主義者(スピリチュアル、占いを信じる人々)を最も憎み叩きます。

憎むということは敵の弱点であることの証。

人類は2021年より前の古代文化を蘇らせ、多神教を取り戻すべきです。

今のところその旗手となる可能性が高いのが日本人です。徳川家康が死守した日本は世界で唯一、古代ギリシャと似たような多神教を保っている地だからです。寛容で個人性を伸ばすこの日本の多神教を、もう一度世界へ広めれば人類は独裁支配から救われるでしょう。

そのためにはまず、日本の文化が潰されないよう領土を守ることです。一神教(共産主義)に権力を奪われたなら暴力で踏みにじられます、世界中の多神教がそうなったように。

寛容であるのは個人に対してだけにしましょう。一神教、共産主義に寛容であってはいけません。

世界を救うために日本人はこの多神教信仰を死守してください。

 

一神教に一神教をぶつけても自由は得られない。人類を救えるのは東洋思想だけ

最後に保守界隈の人には嫌われてしまうだろう話を書きます。

現在、中国共産党と共産主義に対抗する団体勢力としては、キリスト教・法輪功※・統一教会… 等々一神教ベースの宗教団体しか存在しないのが現状です。

※法輪功は見かけ上は仏教や道教の要素がありますが、終末思想を持ち一神教の要素が強い。どうやら白蓮教のような中華系キリスト教がベースのようです。【参考】法輪功は独裁支配を進めた始皇帝を、中国共産党と同じように崇拝しています。少数民族弾圧を称賛する記事もあります。また、多神教・仏教思想である『世界に一つだけの花』を誹謗中傷する記事も掲載しています

おそらく彼らは、宗教を否定する共産主義があっては自分たちにとって困るから対抗しているのでしょう。『大紀元』という反共メディアを運営して保守界隈で絶大な人気を得ている法輪功は、中国共産党から最大の弾圧を受けた被害者ですから、対抗することに理があります。

しかし私が思うに、これら一神教ベースの宗教団体では共産主義に勝てないと思います。否、勝てたとしても人類を救うことはできないでしょう。何故ならこれまで書いてきた通り、「同じ構造を持つ宗教思想」同士だからです。

共産主義はキリスト教の転化に過ぎません。ですからキリスト教がそれに対抗しても、また元へ転化するだけなので現実は変わりません。民から見れば永久に同じ独裁支配の地獄が続くだけです。

反共活動として、『大紀元』や『勝共連合(統一教会)』メディアがもたらしている功績は計り知れませんし私も一部は応援します。『大紀元』が流している情報には感謝しています。しかし思想的にあくまでも一神教ですから、手放しに信奉することはできないのです。

日本保守の皆様もどうか一神教の宗教団体にはお気を付けて。情報を学ぶことはあっても教義は鵜呑みにしないでください。

日本人であるならば、日本古来の文化や信仰を大切に守っていただきたいです。神道はもちろん、仏教、道教など日本に古くから根付いた文化は全て大事な多神教。“世界最後の希望”として、日本の精神文化を世界へ広めて行ってください。

 

追記

中華圏・大陸の方々へ。かつてのあなた方は寛容過ぎました。西洋の神がどれほど恐ろしいかということを知らなかったので受け入れ、蹂躙されてしまったのです。

でももう、充分に地獄を味わって悪魔の正体を学び尽くしたことと思います。これからは東洋の仁義・天道を思い出して復興してください。あなた方の古代の文化は大変素晴らしいものです。孔子と孟子の教えをどうか正しく未来へ繋いでください。形而上へ導く老子の教えを忘れないでください。

唯物思想と一神教、この地獄のプログラムを抹消できるのは東洋人だけです。

できれば日本人と手を取り合って世界人類を救ってほしい。これは叶い難い夢かもしれませんが、今世の私の遺言としてここに記しておきます。

千年後には、「あのとき東洋人が東洋思想で人類を救ったのだ」と歴史の授業で語られる未来が見たいと願っています。

Translate »